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2017年8月15日 (火)

ゲラティ修道院

2017年に縮減登録されたグルジア…ジョージアの世界文化遺産です。
世界遺産の中でも珍しい、登録範囲が減った世界遺産です。
元々は1994年に登録された「バグラティ大聖堂とゲラティ修道院」でしたが、バグラティ大聖堂の改築騒ぎで2010年危機遺産リスト入り。
バグラティ大聖堂は大規模な改築計画が持ち上がってから、「素材やデザイン、工法がオリジナルを継承しなくなる為、真正性が損なわれる」とイコモスや世界遺産委員会が度々警告。
世界遺産の価値に値しなくなるとされていましたが、その改築が行われてしまった為にこのような「縮減」登録に繋がりました。
因みに、大規模改築は鉄やコンクリートが多用されており、デザインも推測らしいです。
今回、バグラティ大聖堂が登録抹消された事により、危機遺産リストから抜け、ゲラティ修道院のみの世界遺産となりました。
ゲラティ修道院だけでも当初の登録理由である「中世グルジア建築の優れた例」を示す事が出来ると判断されたので、残れた形ですね。
既に第39回委員会で単独登録を申請していたみたいですが、管理計画等の面から「情報照会」決議になっていたようで、今回は再申請みたいですね。






今回のコミケ名言。
コミケでしか通じない単位、「1にじり」。
「地面を見せないでください!」
「(地面が)スケスケですよー!」






終戦の日…。




長崎旅行記3日目、1/29。

爆心地公園とその周辺のモニュメントを見て回り、いよいよテレビや新聞でも良く映る、あの場所へ。
平和公園へと足を運びます。


Nag149
…という事で、到着。

爆心地公園からは目と鼻の先、信号を1つ渡るだけ。

長崎の人が「平和公園」と言うと、ここの事を指すようです。
広義の「平和公園」は先程の爆心地公園やスポーツ施設等を含めたエリアの総称のようですが…。


それにしても、本格的に春節に入ったんだなぁ…と思わされました。
爆心地公園は人も少なく、かなり静かでした。
でも、こちらはツアー客が多い多い!

ここを訪れている人の殆どは外国人のようです。
特に、中国人はツアーで来ている事が多いようですね。
めっちゃ中国語が飛び交ってました…w

彼らの目に、この平和公園はどう映るのだろうか。
ひいては、今の中国の海洋進出・朝鮮半島情勢等の軍事的な動きと関連付けて見ているのか?というのは少し気になる所。
原爆に対する慰霊の場というのが大きな所だけど、戦争がなければ原爆は落とされなかった・作られなかった訳で。

戦争とは?平和とは?兵器・軍隊の存在意義等々…彼らは何を思い、何を感じて母国に帰って行くのだろう。


階段を上がって行くと、道が分岐しています…。
真ん中に進む前に、左側に進んでみました。

すると、色々なモニュメントが飾られています…。
「世界平和シンボルゾーン」という区画らしく、世界各国から贈られたモニュメントなのだそうです。
中には、旧ソ連、中国、キューバ、アメリカ等もありました。

数が多かったんで、写真は撮ってませんが…どれも平和への願いが込められた作品でした。
続いて、真ん中ルート。

Nag150
まずあったのが、「平和の泉」。
その向こう側には平和祈念像が見えます。
広島と同じように、水場から象徴的なものを臨むという構図。

こちらの泉には献花台はなかったですけどね…。


Nag151
道中にあった、「長崎の鐘」。
ちゃんと、鳴らしてきました。

この下ではおじいさんが戦争体験の語りをやっていました。


Nag152Nag154
続いて現れたのはこちら。
建物の遺構ですね…。


Nag153
長崎刑務所浦上刑務支所の跡でした。

刑務所に付随した施設ですかね。
原爆により、ほぼ吹き飛んだ建物のようです。
原爆が落とされる前は「長崎造船護国隊」として三菱の長崎造船所で労役されていた受刑者の宿舎にもなっていたとか。


Nag155
そして、平和祈念像。

神の愛と仏の慈悲を象徴しているのだとか。
右手は原爆の脅威を、左手は平和を意味しているとの事。
画像じゃ分からないけど、目は軽く閉じているようで、原爆犠牲者の冥福を祈っているという意味が込められている。

Nag157
中々見ない、平和祈念像の裏側。
結構ハトが多かった。


Nag156
平和祈念像の近くにあった、「折鶴の塔」。


続いて、平和公園を抜けて、丘の方へ。
普通に住宅街が広がっています…。


路地を歩いて5分程で少し大きな通りに。
次の目的地は目の前です。

Nag158
Nag163
浦上天主堂。

Nag164
これから見るものもそうですが、この石垣も証言者ですかね…。
一部取り換えられたりはしているようですが。

…うーん、それにしても、少し雨が降ってきてしまった。


浦上天主堂は戦後に再建されました。
原爆を受けた当時のものは爆心地公園に移設された壁がありましたが、ここには当時のものが他にも残っているようです。
それは天主堂の脇にある石垣の上に残されていました。


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Nag161
旧鐘楼。

Nag160Nag165
Nag166
元は双塔で、それぞれに鐘楼があったっぽいです。
原爆を受けた際、北側の鐘楼が崩れて転がり落ちたとの事。

こんなに大きいものが形を保ったまま崩れて…形を保てたのが不思議ではある。
鐘楼がぶっ飛ぶ前に塔が崩れて転げ落ち、崩れた塔が盾にでもなったんだろうか。


Nag167
現在の浦上天主堂。

非常に綺麗なレンガ色だなぁ。
入場無料っぽかったんで、少し入ってみました。
写真撮影はできそうになかったんですが、荘厳な内装はゼル伝時オカの「時の神殿」が似合いそうでした。
ここには被曝マリア像が安置されていましたね。
原爆から逃れられた物の1つですが…顔には原爆によるものと思われる傷…焦げ跡だったかな?がありました。

木製でありながら、難を逃れたマリア像。
キリスト教徒からしたら、とても有り難い像な事でしょう。

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コメント

バグラティ大聖堂はなぜ改築を強行したんでしょうか?
耐久面の劣化など考えられますが...。

1回にじり寄られるだけでもかなりダメージが上がりますよね。
地面ちゃんエロいなぁ...。

前回は炎がモチーフのモニュメントが登場しましたが、
噴水は見ていると穏やかな気分になって平和を感じさせます。

平和祈念像、掲げた右手は荒々しさがありますね、
自分も興奮するとこういうポーズになるかも。
左手は誰かに優しく手を差し伸べているのかな?

外装も色以外時の神殿に似てますねw
マスターソード...ではなくマリア像が安置されているのか。

投稿: 炎樹木 | 2017年8月16日 (水) 14時25分

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