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2017年2月11日 (土)

試練サポーター

Pokecen_sapporo
ポケセンでサオリのカイリキー貰ってきたw

ついでに、マラサダ食べようと思ったけど、お店がなくなっていた…。。
サン・ムーンが出た今、ポケセン行ってマラサダ食べてって絶好のルートになったと思うのに、残念。。








長崎旅行記、1月27日。

軍艦島こと端島に上陸するべく、長崎港を出発。
波飛沫を受けながら海を進む!!


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中継地点、高島に到着。
実はここにも世界遺産の構成資産があります。
…今回は行かないけど。

で、高島石炭資料館なるものがありまして、そこで端島の説明があります。
そして、資料館では石炭産業について学べるのです。


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資料館前に在りし日の端島の模型。
屋根はあるけど、雨防げないだろうなぁ…。

この模型を使って説明が入ります。
1枚目は艦尾方向のロケーション。
向かって左側が主に仕事場…石炭の坑道関連、右側は生活空間です。
一番手前の水色の建物は病院。
病院の右側に通路で繋がれているちっちゃい建物がありますが、そこは隔離病棟。
病院の奥のコの字型っぽくなっているのは端島で最も大きいマンション、65号棟。
上にちょこんと乗っているのは保育園です。
コの字の狭間には児童公園があったようです。
65号棟の左横にあるのは学校。
下の方の階が小学校で、上の方の階が中学校だったそうで…校庭完備。
校舎には給食を運ぶ為のエレベーターがあったらしいです。
このエレベーター、島で唯一だそうな。
裏側には体育館もあったようです。
校庭の病院寄りの所にはテニスコートもありますね!

また、ちょっと見辛いですが…中央の岩場の上には神社があります。
実は、中央の岩場こそが本来の端島。
埋め立ててこんな異様になりました。
石炭を採掘した時のいらない岩石で埋め立てている為、土がありません。
そこで、マンションの屋上に土をばらまいて、水田とかを作るという……屋上緑化の先駆けみたいな事もしていたようです。
2枚目の画像奥…神社の左横のマンションの屋上にぽつぽつ黒っぽいのがあるんですが、それです。

後、左側にギリシャ神殿みたいな柱の建物…青い屋根の……がありますが、そこは映画館。
九州初(長崎初だったかも)の映画館だったっぽいです。
その後ろには公民館。
後、屋上緑化マンションの左側にあるマンションの地下にはパチンコ屋があったそうな。
地下スペースも結構活用されているみたいで、共同浴場もあったそうな。

映画館の後ろのマンションや、映画館の前にある「く」の字型マンションなんかは防波堤の役割も持っていたそうです。
因みに、「く」の字型マンションの1階には郵便局や理髪店何かもあったそうな。
「く」の字型マンションの後ろには寺院もあったみたいです。
更にその後ろには役場、更に更にその後ろには派出所も。

中央の岩場の上に一際高く聳え立つ高いマンションは幹部用の社宅。
他の社宅にはついていない、室内風呂がついていたとか。
また、岩場のてっぺんに設置されているのが貯水槽なんだとか。
貯水槽と幹部用社宅がほぼ同じ高さになってるな…。

端島周辺は大体波が高いそうですが、生活スペースなんかは外海に面する為、一層厳しそうですね。
島を囲む堤防は12m程の高さがあるそうですが、それすら乗り越えられたり、壊されたりしていたようです。
手前にあるプール何かも海水入ってきて大変だっただろうなぁ……と思ったら、元から海水使ってました。
まぁ、あの大きさを水道水で満たすのは、離島じゃあちょっとね…。

尚、このプールは2代目だそうで。
初代は学校の前にあったらしいですが、台風で大破したから移設したとの事。

因みに、中央の岩場の麓に、真ん中に穴のある四角い建物、30号棟がありますが…日本で最も古い鉄筋コンクリート造りの高層アパートらしいです。
建築学会注目の的です。

中央の岩場よりも高い巻き揚げ櫓…そそり立つ姿は壮観だったろうなぁ。
お墓も完備していましたが、火葬場はなかったそうです。


3枚目には貯炭場、そこからベルトコンベアーが伸びていて、船に積み込みしている場面が見えていますね。
その奥に船が泊まっている桟橋がありますが、ここは今も生きている所。
上陸する際はこの桟橋を利用しているようです。


さて、高島石炭資料館へ。
…岩崎彌太郎だ。

この資料館は高島で行われていた採炭の歴史や当時使われていた道具、資料等が展示されています。
江戸時代には既に採炭されていたという記録が残っているそうですが、本格的に採炭が始まったのは明治時代に入ってから。
佐賀藩とグラバー商会によるものだったようです。
その後、三菱の創始者である岩崎彌太郎が買い取ったそうな。
だから、岩崎家の事とかあるし、外には岩崎彌太郎の銅像が立っているのです。

さてさて。
この高島も端島と同じく炭鉱の島でしたので、「高島炭坑」として世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産となっています。
関連史跡は3つの竪坑・坑口跡、防波堤、グラバー商会の創始者・グラバーの別邸だそうです。


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日本初の鉄製汽船、夕顔丸の模型。
三菱長崎造船所製で、被弾はしたものの、太平洋戦争も生き延びて長く活躍していたとか。


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炭坑の分布図(QMA的な意味で)。

石炭の分類とかもあるんですねぇ。

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採炭中に出てきた化石。
貝類です。


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端島コーナーもあります。
まだ建物が建つ前なのに、煙突とか岩の形でもう戦艦っぽい。


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高島炭坑の坑道模型と地下模型。
こんな深くまで掘り進んでいた事に驚きだし、坑道自体も広範囲に渡って広がっていて…毛細血管みたい。
良くこんな掘り進めたなぁ…。


そんなに見学時間がなかったので、この辺で外へ。


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岩崎彌太郎の像。


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高島案内看板。


さて、いよいよ端島へ向けて…出発の時が近付いています。

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