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2016年1月28日 (木)

三日月違いと明石違い

朝刊に刀剣男子が載ってたー!
えーと、三日月ってやつ。
よく見る子だね。


…と思ったけど、艦これもコスプレ写真というカタチだったけど、大和と武蔵載ってたしな。。


今に限った事じゃなかったか。。








さて、F1は2月下旬の2016年シーズンの冬季テストまであんまり動きがないのだけれど。


俺が本格的に観始めたのは2008年の後半くらいから。
当時はフェラーリのフェリペ・マッサとマクラーレンのルイス・ハミルトンがチャンピオン争いをしていて、ハミルトンがちょっと優勢+ドライビングが荒めという事でマッサを応援していました。
チャンピオンが決まったのは最終戦・ブラジルGPだけど、その時にマッサが好きになりまして。

実は、それより前からF1は少し気にしてた。


高校の時だから、2006年くらいだろうか。
新聞とかで佐藤琢磨とかスーパーアグリとかがちょいちょい出てて。
その時、丁度クラスメイトにF1を観ているらしい人がいたから、「佐藤琢磨はどうだ?」とか「スーパーアグリはどうだ?」とか訊いてたんだよね。
それから、偶然やってたら観るようにしてたりして。
2006年か2007年から年に1〜2戦は観てたんじゃないかなぁ。
この辺はもうあやふやなのだけれど。


まぁ、それより前からF1を気にしていたんだけれどね。
その下地があって、上の話になる。


それは、幼少期だ。
記憶はあるのだから、おそらく90年代前半。
それも、おそらく90年、91年、92年辺りではないだろうか。

80年代後半〜90年代前半は日本の世は空前のF1ブーム。
87年から鈴鹿がF1を初開催、久々の日本GP復活。
フジテレビが地上波放映権獲得。
魅力的なドライバー。
そして、最強のホンダエンジン。

元々、父が車好きなのもあり、当然テレビでレースを観る事もありまして。
そういう時は、俺も一緒に観ていました。
昼間に観ていたような気がするので、多分日本GPの時じゃなかろうか。
…いや、他のレースの録画放送とかかもしれないけど。

テレビに映る赤白のマシン(マクラーレン・ホンダ)のオンボード映像は未だにうっすらと記憶が残っています。
そんな感じだったから、今日がある。


94年に日本のF1人気を支えていた要因の1つであった、アイルトン・セナが決勝レース中に事故死。
当時は既にF1から離れつつあった事、小さかった為にあんまり事の重大性は分かっていなかったものの、生放送でずっと事故現場の様子がテレビで流れているのは観ていた。

幼かったから、明確にはそんな感情を知覚していなかったんだけど…セナは当時観ていた子供達と同様、俺にとってもヒーローのような存在でした。
その、セナが尋常じゃない事態…何処か、遠い星の出来事のような感覚で観ていたけれど、何だかそわそわとフローリングを歩き回っていた事を覚えています。

F1を全く観なくなったのは、それからだ。


だから、俺はミハエル・シューマッハが7度のワールドチャンピオンになった所を観ていないし、そのシューマッハがフェルナンド・アロンソに2度も負かされて引退した事も知らなかった。
勿論、新聞やスポーツニュースではたまに出ていたから、シューマッハとその偉業自体は知ってはいたけれど。
それに、多分2006年か2007年くらいにテレビで観ていた筈だから、映ってたと思うけどね。


しかし、アロンソもそうだけど、バトンとかマッサとか、10年以上現役で活躍してるんだなぁ…。。

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