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2015年10月 4日 (日)

威風堂々

ゆったりして…いるようで、全然してないし!!
良かった、7日連続にはならなかった。

中々…楽勝ムードにはならないのね。。
こんなんがずっと続くのかー。。







広島2日目の続き!


結局、特別展も行きましたw

「大和ホール」にて行われていた、「日米最後の戦艦展 戦艦大和とミズーリ」。

この戦争に関する様々な資料が集まっていました。
まずは乗組員や宇垣纏指令、内閣総理大臣・鈴木貫太郎の手記やメモ。
ミズーリに突撃した零戦の破片。
降伏文書関連も。
終戦へ至る経過が書かれた展示もありました。

また、大和とミズーリだけでなく、戦艦「長門」、「陸奥」、空母「信濃」、巡洋戦艦「天城」、巡洋戦艦/空母「赤城」、戦艦/空母「加賀」といった艦の装甲に使われた金属やら図面、近代化改装用の図面等とても貴重そうなものが沢山…。
電探(電波探信儀/レーダーの事)の仕様書とか、主砲の資料とか、ワシントン会議に出席した首席全権の着用した衣類なんかもあったな。

巡洋戦艦は高速戦艦とも言われ、戦艦より速力の速くて戦艦みたいな高火力を持つ艦種です。日本艦では金剛型が該当しますね。
…「加賀」は三段甲板時代の写真少なくて、1段甲板の所謂「いつもの」写真が多いけど、「赤城」は三段甲板時代の写真ばっかりやなw

他にも、一部装備が再現されていたり。
戦艦「大和」の主砲、46cm三連装砲の砲尾部分(砲身のケツの部分…弾入れる場所。)が実物大で再現されていたり、「大和」の測距儀(カメラのファインダーみたいなもの)の模型があったり。
46cm砲の断面模型とかもあったなw

それにしても、46cm3連装砲の開発はすっごい大変だったんだろうなぁ…。
なにせ、当時の帝国海軍が誇る主力戦艦、長門型の主砲である41cm砲さえ連装砲だったのに、3連装のうえに41cm砲より長射程・高威力を求められてるんだぜ?
全ては秘密裏に行われなければならなかっただろうし、バケモノスペックを実現させなきゃだし、物凄い苦労したんじゃなかろうか。


因みに、戦艦「ミズーリ」は降伏文書調印式とか艦の紹介とかがちょいちょいあったくらい。
まぁ、そりゃあ当時の敵国の軍事機密なんだから、ほいほい資料出てたら怖いわな。
でも、普段アメリカで展示されているような資料もちらほらあったよ。


尚、写真NGだった為、画像はなし。




いやぁ、貴重なもん観たなぁ…。
さて、常設展示の方へ。


まず突入したのは、「大和ひろば」。


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逆光で残念な事になっていますが…でっかい大和の模型!

実物の10分の1の縮尺で可能な限り再現された戦艦「大和」。
それでも全長は26.3m…学校のプールよりも長いやんw

この威風堂々とした姿!
まさしく象徴…。


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両舷には複数の高角砲に対空機銃が…まさにハリネズミのような武装だ。。

おそらく、3つ鎮座しているのは12.7cm連装高角砲でしょうか。
その周囲に並んでいるのは25mm3連装機銃かな。
どちらも艦これでお馴染の装備ですが。

…ん、探照灯もちらほら見えるな。
探照灯は闇夜を照らすライト。
夜戦の時はこれを点灯して敵艦を浮かび上がらせる事によって、味方艦の狙いが付けやすくなります。
逆に、照射している側も敵艦から丸見えなので、集中砲火を喰らう事も多かったようですが。


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後部甲板には艦載機が。
零式水上観測機でしょうか。

大和型の搭載機数は7機なのだそうです。
2基のカタパルトを使って運用していたようですね。


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艦尾。
辛うじて主砲と副砲が見える。


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3階から見下ろした「大和」。
甲板上にある46cm3連装砲×2とブリッジ前に設置された15.5cm3連装副砲が見える。
後、やっぱり両舷が凄い。


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傍らには大和型戦艦2番艦「武蔵」の模型が寄り添う。
この模型の両舷には「大和」のような針山がなくて15.5cm3連装副砲があるように見える事から、新造時の武装だと思われる。
「大和」はおそらく最終時の武装。

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