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2015年7月19日 (日)

モラヴィア教会の入植地クリスチャンスフェルド

デンマークは今年、2件の世界遺産が登録されました。
まずはその1件目。
2015年に登録された、世界文化遺産です。
ユトランド半島南部にあるクリスチャンスフェルドって町が世界遺産。
この町は1773年に「モラヴィア兄弟団」が入植したことによって形成されており、その都市計画には信仰が大きな役割を果たしたとか。
教会広場を中心とした設計が為されているようですね。
この町の建物も特徴的で、いずれも1〜2階建てで赤いタイルの屋根、黄色煉瓦作りの壁を持つようです。
これはパッと見ただけで綺麗な建物だなぁって思えるね!

「モラヴィア兄弟団」はチェコ東部にあるモラヴィア地方から逃れてきた(迫害等があったのだろうか)という人々が中心となって結成した共同体のようで、プロテスタントの思想を持つ人々みたいですね。
だから、「モラヴィア兄弟団」は信仰共同体と表現される事もあるみたい。
ルター派教会なんて言われ方もするようだ。

尚、「モラヴィア兄弟団」はチェコ語における名称のようで、ドイツ語だと「モラヴィア教会」というらしい。
Wikipediaには「共通の体験、交わり、分かち合いを回復することによって教会の革新を目指す共同体運動の一つ。」と説明されていますね。
まぁ、この辺りのお話は結構複雑だったりして分かりにくいものだけれど。






今日もこの時間。

…そうか、世間様は三連休か。
どうにで最近忙しいと思った!








昨年のF1日本GP決勝でクラッシュし、意識不明となっていたフランス人ドライバーのジュール・ビアンキが亡くなったと報じられました。
先日の岩田社長の時もそうだったけど、突然の訃報で驚いています。
確かに、最近はビアンキに関するニュースも少なくなっていたけれど、それ程までに状況が悪化していたとは…。

レース中のクラッシュが原因で亡くなったF1ドライバーは1994年にイタリアのイモラで行われたサンマリノGPの決勝で亡くなったアイルトン・セナ以来でした。
それ以降、2007年のロバート・クビサや2009年のフェリペ・マッサ等大クラッシュはあったものの、マッサが半年間欠場したものが最も重いものだったように思います。
その間、他のカテゴリーでは死亡事故も起きているし、F1だってテストでマリア・デ・ヴィロタの事故があって、彼女はその事故が原因で亡くなったのだけれど。

F1ではセナの死後、安全面が大幅に見直されて、改善がされていったからレース週末では死亡事故が起きていなかった訳です。
今回の件で更なる安全性の強化…次のステップへ進む必要があるという事を示していそうです。
既に事故当時から幾つかの案が検討されていたりしているけど、どうなる事やら。


ビアンキは台風と夕暮れが近付きつつあったレースの終盤で、ダンロップカーブの終わり辺りで濡れた路面によって挙動を乱し、あまりスピードが落ちないままウォールに直進。
前の周に同じ場所でクラッシュしていたエイドリアン・スーティルのザウバーのマシンを撤去しようとしていた重機に衝突しました。
マシンは左側が特に大破していた事から、重機と正面衝突したのではなく、左側を擦るように接触していたようです。
衝突によって頭部にダメージを負い、その時点で意識不明に。
そして、状況が分かってから、レースは終了。
彼はすぐに三重の病院で処置を受けた後、故郷近くであるフランス・ニースの病院に移って入院していました。

去年のモナコGPでは所属していたマルシャに初のポイントフィニッシュを届けていたビアンキ。
フェラーリの育成プログラムに入っていた彼は将来を有望視されていたドライバーでした。
25歳…若過ぎる。

ありがとう、お疲れ様。
御冥福をお祈りします。

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