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2012年12月 5日 (水)

闘技会あれこれーSS集編ー





続きからどうぞ!









時系列。
ミーネ組(1日目AM)→ペレ(1日目AM)→レイとルフの小競り合い(1日目昼)→ボルネオ(1日目PM)ネギ組(1日目PM)→まみ(1日目PM)→サヘル(2日目AM〜昼)→ネギ2回戦(2日目PM)プレーリー(2日目夕方)→ルフ(2日目夕方)→時雨(翌日早朝)






『…よって、一回戦第四試合の勝者はオルナ=サファイアティアーズとします!』


ワアアア―――ッ!!


「…2回戦目の相手はオルナ君か。
基本的な戦い方は分かった…だろ?」

「はい、レイ様。
これでずっと戦いやすくなりました。」


レイの問い掛けに真剣な表情でバトルを見守っていたミーネはフッと表情を和らげた。
だが、レイのアドバイスを受けてすぐに表情がキュッと引き締まる。


「だが、生き物の行動は時に繊細に、時に大胆に…
常に予想外の動きをする可能性が大いにあり得る。パターン化されていない事を忘れるな。
自分の中で相手の行動をパターン化してしまった瞬間、負けるぞ。
…過信も禁物だぞ?
それと、『これを当てれば勝てる…』なんて思うのも論外だ。そんな思考は視野を狭める危険な思考だと肝に銘じておけ。
相手に付け入る隙を見せるな。」


ワアアアアアアア――!!


周囲の歓声が再び大きくなった。
フィールドでは勝者のオルナが実況席の上でブルーシアに腕を挙げさせられている。
ふと、その様子を見ていたSS席招待客のアイネは次の試合がミーネだという事に気が付いた。


「…ねぇねぇ、そろそろ時間じゃない?
行かなくて良いの?」

「あぁ、そうだったな!」


アイネが座ったまま後ろを振り向いて言うと、レイはわざとらしく驚いて見せ、そして「じゃ、後は宜しく!」と言うや否や、ミーネと共にテレポートしてしまったのだった。

全く、忙しい…というか、自由な人だなぁ…。

アイネはそう思いながら苦笑するしかなかった。
--…さて、次はミーネちゃんか。どんなバトルをするのか、楽しみね。ちょっと辛口に観てあげる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ピシュン!


意図的に少々派手な音を立てながら選手控室に戻ってきたミーネとレイ。
そこには留守番していたペレと…銀髪のクールそうな少年が立っていた。


「…ミーネさん、ですね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ミーネたん、存分に戦ってこい。
対戦者は臆病な性格だが、油断だけはするな。簡単に流れをひっくり返される事も十分に考えられる。」

ミーネを背後からゆっくりと抱きしめ、囁くレイ。
案内スタッフのレメはそんな様子を気にせず、手元の端末に映されたデータを見ていた。


「レイ様、ペレ、行ってきます!
水を蒸発させに…!」


若干高い、ハッキリとした声が控室に響く。
そしてミーネはその声に顔を上げたレメと共に自信と決意に満ちた表情で控室を後にしたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『ミーネの必殺技、大地噴出!』

どんっ!!
…どんっ!!
どぉんっ!!


「きゃははははっ!!」


次々とフィールドが割れ、マグマが…火柱が…灼熱の血潮が吹き上がる。
その真っ赤なカーテンを操っているのは、ミーネ。
対戦者であるチェリー…チェルザリーテは攻撃も防御も忘れてガタガタになったフィールドを逃げ惑っている。


「…うわぁ、ミーネちゃん、気持ちよさそう。。」


霧の中でチェリーの特殊攻撃の餌食になって怒っていた筈なのに今はスカッと爽快!な気分になっているようだ。
そんな相方のミーネをペレは若干引いた様子で見つめていた。


「完全に調子乗っちゃってるねぇ、ミーネたん。こりゃあ、ダメだね。」

「…そうですね、狙いもなんだか甘いですし。」

「いやぁ、狙いも甘いんだけどね…。」

「…?」


レイの言葉の真意が掴めず、首を傾げるペレ。
声音こそいつものような調子の良い声だが、バトルを見つめる目は鋭く、冷酷さが感じられた。
…どうやら、ミーネの戦い方にあまり良い印象を持っていない事だけは確かなようだが。


「…ほぉ、これはこれは。」

「…?!」


灼熱の熱さを孕んでいた大気がその温度を一気に下降させる…!
レイはニヤリと不敵にほくそ笑み、ペレはハッと息を呑む。


ドンッ!!


ゴオオオオオオ!!!!


フィールドは今や巨大な渦潮に支配されていた。
ミーネの姿は勿論、その中。


『これは…チェルザリーテの必殺技、カオスヴォルテックス!』

『流れの読めない渦潮に捕われたミーネ! これはファイアムの彼女には辛い…!』


「この程度の水で倒れるような柔な鍛え方はしていない筈だけど、追撃され放題じゃない…。」

「まさに、その追撃があるね。
それも、ほぼ零距離からの強力な一撃が。」


アイネが呟いた一言に、レイが答える。
未来を読んでいるのか、データに目を通しているのか…おそらく、前者だろうが。


「それじゃあ…。」

「さて、耐えられるかな?」


ペレの顔が焦りの表情に変わる。
レイは相変わらずニヤニヤとしたまんまだ。


『おっと! チェルザリーテも渦潮の中に飛び込んだ!?』

『あーっ! そうするとまた見えない…!! 観客に優しくない技反対ー!』


…ミーネちゃんが負けるかもしれない。


ゴオオオオオオ!!!!


巨大な渦潮を形作っていた水が排水溝へと流れていく。
ミーネは零距離からの強大な水流をモロに喰らい、フィールドに打ち付けられていた。
ペレの複雑な思いがまるで堰を切ったように噴出する。


…またミーネちゃんがペレに負ける前に誰かに負ける…レイ様じゃない誰かに…。
そんなの…。


『ダウンしていない…立ち上がった!』


…もうボロボロじゃない。もう動けないくらいに。


ミーネは立ち上がった。あれだけのダメージを喰らいながら。
悲しい事に、ミーネの力量はチェリーの力量に遠く及ばないらしい事が判明しているのに。


「…そうよ…これはね、戦いなんだから……今のうちに攻撃したらよかった……。
 …情けは無用よ……ミーネだって………諦めないんだから……っ!!」


…そこまでして。
レイ様との約束を?


ミーネはフラフラと覚束ない足取りながらも、炎の舞を踊る。
フレイムダンサー。
まるで、命を散らすかのように。


「こ、来ないで…! もう駄目です、それ以上動いたら――!」


…そんな事したら、また死んでしまう。
生き返らされて、最初に視せられた光景が脳裏に浮かぶ。
ショックだった。


そんなの、嫌だ…!!
もう、見ていられない…!!


チェリーの水の弾丸がミーネを止めようと幾つも放たれる。
水の弾丸を打ち消し、その身に受け、尚もチェリーに迫ろうとするミーネ。

ペレの決意は固まった。
そして、レイに進言する。


「…レイ様。」

「ん〜?
好きにすれば?」

「ペレを…ミーネちゃんの目の前まで、飛ばしてください…!!」


「…分かりました…あなたが止まらないのなら……!」


ペレが決意を固めたとほぼ同時に、フィールド上のチェリーもまた決意を固めていた。
即座に水の弾丸を造り出す。狙いは、満身創痍のミーネ。


フォン…!!


レイはあっさりとペレをフィールドへと送り込む。
口をきゅっと固く結び、決意を湛えた目のペレを一瞥する事もなく。
アイネもファイもリーベも。SS席にいた全員が驚いた事は言うまでもない。
そして…


ビュッ―――!!


「ゲヘナヒープ!」


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昼休みに入っても医務室にはひっきりなしに患者がやってくる。
これ程の大規模イベントなので、一般向けの医務室は大盛況である。
その幾つかある一般向け医務室の1つも例外ではなかった…。


「…頭痛ね?
…。
はい、治った。また痛くなったら来てもいいけど、頭痛薬を出しておくわね。」

「はい、次の方、どうぞ。
…あら、これは盛大に転んだのね。
…はい、治ったわ。足下には気を付けてね?」


この医務室で働いているのはたったの1人だけ。
ルフはいつものロングコート姿ではなく、純白の白衣を着ている。
七賢の中でも治癒超能力に優れているうちの1人であるルフはこうしてボランティアで「医務室の女医さん」をやっているのだった。

昼休みも半ばになり、患者さんラッシュも一段落した時、それは起こった。


「…はい、お大事にね。」


フォン!


「よぅ、ルフたん♪」

「…あら、こんなとこまで何のようかしら?
へたレイ?」


突然現れたレイに訝しげな…というか、嫌悪感を滲ませた表情を見せるルフ。
当のレイはそんな事お構いなしに絡み始めるのであった。


「ルフたん、ルフたん、ミーネたんの試合観たぁ?」

「…えぇ、観てたわよ。」

「どうだった、ミーネたんは?」


弾んだ声音はまるで子供がはしゃいでいるよう。
…それにしてもこの男、弟子が負けたのに凄く嬉しそうである。
どーせお仕置きの事でも考えてるんだろう。
全く、この男は…。


「そうね、最初の技選択は中々のものだったわ。だけど、ちょっと引っ張り過ぎね。その結果霧の中で攻撃を貰う事になったのだから、まだまだ経験不足と読み不足、危機回避意識不足ね。その後の機転は良かったけど、そもそも十分留意していれば容易にかわせる筈よ。最初の熱線攻撃もそう。攻撃に集中し過ぎなのよね。ファイアムで耐熱耐性凄く高いとは言え、あれは立派なダメージになるんだからちゃんと周囲にも気を配らなきゃダメよね。それと、何、あの必殺技。まるでなってない。まず、狙いが甘い。相手に全弾クリーンヒットさせないとちゃんとしたダメージ与えられないじゃない。相手は抵抗するもなしに逃げ惑ってるだけだったから、あの場面で徹底的に当てておかないとダメよね。その後どうなるか分からないんだから、しっかり当てなきゃ。それに、何なの、あの高笑い。すっかり気分良い!って感じじゃない。そんな遊び気分だから負けるのよ。見せ物としては良いけど、実用性は皆無ね。全くなってないわ。だから勝てなかったのよ。あのクソな必殺技が原因の9割ね!まぁ、その後の必殺技に対する防御は良く対応しようとしたものだわ。でも、炎の錬成が甘過ぎたわね。調子乗ってて集中力が十分じゃなかったのね。それにしても、よくあんなので渦潮のダメージを軽減できたわよね。そこと最後の精神力は認めてあげるわ。だけど、最後はもうボロボロだったわね。あんなのもうバトルじゃないじゃないじゃない。一方的になっちゃって。精神力だけで戦ってただけで、技術もへったくれもないわね。負けて当然よ。寧ろ、良く死ななかったわね。点数を付けるとしたら1点ね!1点!」


…と、相変わらずなレイに嫌気が差しつつ、一気にバトルの感想を述べてみた。
しかし、レイは全然動じていないようだった。
それ所か…


「そうだよなぁ、ミーネたん、頑張ったんだけど、まだまだ甘いよなぁ。
こりゃあお仕置きと鍛練が必要だよねぇ。
ミーネたんの身に教え込まなきゃねぇ…?」

「…ちょ!何しようとしてんのよ!」


レイは嬉々とした声音で言いながら、その手でルフの頬を撫でようと迫ってきて…おまけに顔も近付けてくる。
だから、額を鷲掴みにして遠ざけてやった。
手の自由を奪おうと手を絡ませる。


「…ルフたんはやっぱりつれないなぁ。」

「それは結構な事ね!
…人の指へし折ろうとしてるくせに!」


レイは華麗にルフの手を解き、ルフの指をへし折ろうとする。
ルフはそうはさせまいと更に指を華麗に動かし、レイの指の自由を奪おうとする。
互いに互いの指を制しようとあの手この手--まさに、まさに「あの手この手」なのだが…様々にポジションも攻め方も守り方も変える。
そのスピードは高速…。

腕も指も目まぐるしいスピードで動いている。
一般人が認識できるレベルを遥かに超越している。何がどうなっているのか確認できたもんじゃない。


「…訳が分からないのだ。。」


頭痛を起こした為、医務室を訪れたアセトはその室内で繰り広げられている光景に唖然としてしまう。
その凄さに、華麗さに、攻防の激しさに、思わず頭が割れる程痛いのも忘れて見入ってしまう。

それは他の患者さんも同じである。
レイとルフが小競り合いをしている間にも患者さんはやってくる。
転んで泣き叫ぶ息子を連れた母、気分が優れなくてやってきた若い女性、茶色い何かと黄色い何かにぶっ飛ばされて腰を痛めたりアザが出来たりした男性…

そんな彼らが見守る中、変わらずににこやかな表情のレイと明らかに敵意向き出しにして青筋すら立てているルフ。
2人の腕、そして指先での静かな、しかし熱い攻防が続いていた。
それはまるで、組手や太極拳の鍛練法「推手」を行っているような光景でもあって。
…残像しか見えないけど。

すっかり見とれていたアセト。
ふと、ある事に気が付く。


「…あ、あれ?
頭痛いの、治ってるのだ。」


あの、頭をかち割らんばかりだった頭痛がすっかり消えていた。
他の患者もそうだ。
擦り傷も、アザも吐き気も。
全部なくなっていた。


「お見苦しい所を見せてしまって、ごめんなさい…!

…アセト君には再発した時の為に頭痛薬を出しておきますね。」


申し訳なさそうな表情をしたルフが頭だけを患者達の方に向けていた。
…しかし、手や腕の動きは鈍る事がない。


「…流石七賢さんなのだな。。
ワガハイ、よく生きて帰ってこれたのだ。。」


ふよふよと宙を浮いてきた頭痛薬を受け取りながら、アセトはぽつりと呟いたのだった。
この後、気分が優れなかった女性の元にも薬が飛んでいったりして、その場に居合わせた患者さんの診察兼治療は全て終わったのでした。


因みに、この攻防はレイが飽きるまで続いていたりして。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さぁ、母ちゃんの番だぞ!」


いよいよ妻の登場。
そわそわしていた子供達も父親の一言でフィールドに顔を向ける。
一体、どんなバトルを見せてくれるのだろうか…。


『きゃっ!』


べしょっ!


「あ。」


しかし、その妻はというと登場してすぐに転倒してしまった。
鼻の頭が赤くなっている。
その光景に呆れながら、夫ボルネオは数日前のやり取りを思い出す。


--「本当の本当に大丈夫か?あんまり無茶はするんじゃないぞ?
これは普通のポケモンバトルじゃないんだからな?」

「あらあらもう、ボルるんったら心配しすぎですよ。大丈夫、私は子供ではありません。
だから私の戦う姿を見ていてください。」


とは言っていたものの。
のっけからこれは不安になるってもんだ。
しかも、相手は如何にも強そうなお姉さん。
大丈夫かなぁ、クラりん。

「とーちゃん、大丈夫!」
「かあちゃん強いもん! 」


そんなとーちゃんの心配なんてよそに、子供達は今日も元気です。
っていうか、何気にとーちゃんの心中を察したかのような言動!
将来が楽しみです。

『『バトルスタート!』』

タッ――!


先に動いたのはクラりん!
妻の明らかに雰囲気が変わっている。
ポケモンバトルの時とか夫婦喧嘩の時とかに見せる、鋭い眼差し!

リーフブレードを引き抜く時と良い、美しいなぁ。
普段とは全く違う、凛々しさを滲ませた美しい妻に思わず惚れ惚れしてしまう。


「うげぇ、かえんほうしゃだ!」

「大丈夫!かあちゃん負けないもん!」

対するお姉さんジェントさんはハンディタイプの火炎放射器で炎の本流を生み出す!
くさタイプであるクラりんにとって、ほのおは大敵。
--でも、素直に食らう訳はないだろうね。

ボルネオの思った通り、葉桜は流れるような、しかし力強い太刀筋で炎の本流を退ける。
--流石は俺のだいもんじも斬り払うだけはある。


「でも、クラりんの剣技についていけるなんて。」


--あの人、やはり相当な技量の持ち主だなこのバトル、かなり厳しいものになるだろう。
やっぱりバトルが始まってもハラハラしまくりのボルネオであった。
実際、いくらポケモンと言えど、少しでも隙を見せればたちまちダメージを与えられて不利になるような厳しいものなのだ。
それは相手側戦闘技術に定評のあるジェントでさえ同じであるのだが。


バトルの展開はとても早かった。
暫く刀とナイフによる一進一退の接近戦を繰り広げていた2人が距離を開ける。
そして、ジェントは再び距離を詰め


――ドンッ!!


「!!
ばくだん!」
「違う、しゅりゅうだん!!」


ジェントが葉桜の傍を抜けた。直後、爆発が葉桜を襲う!
吹っ飛ぶかーちゃんを見ながら慌てる山茶花!
その横に座っている椿は幾分か冷静なようだ。
なんで椿が手榴弾とか知ってるんだよ。
明らかに誰かからの入れ知恵だろ。
あいつか、そうか。あいつだよな。うん、あいつってことにしておこう。


「痛そう…」
「かーちゃん大丈夫?!」

「あぁ、大丈夫だ。
かーちゃんは強いからな。」


--とは言え、今のはかなり効いたな…。
子供達を安心させながらも、内心焦る。
実は自分が一番心配なのだ。胃が痛い!

そんな夫をよそに、バトルは凄い早さで進行していた…。


どっ!


「っ!」


どさっ


『ジェントの鋭い蹴りが炸裂!』

『これは完全に読んでたわねー』


「…クラりんっ!」
「かーちゃん…!」
「また食らった…!」


鮮やかな突きをナイフで逸らされ、鋭い蹴りをお見舞いされる葉桜。
蹴り飛ばされ、地面に倒れ込む彼女にボルネオも子供達も思わず声を上げる。


「参ります!」


しかし、妻はまだダウンしてはいない。
直ぐ様立ち上がると、雰囲気を一変させた。
そして、消える…!


「出た…!
かーちゃんの本気!」
「かーちゃん本気出したら怖いんだよね…!」

恐ろしいまでのスピード、そして消える気配。
山茶花と椿は本気で夫婦喧嘩した時にしか見せない(少なくとも、子供達はその時しか見たことがない)殺気に震え上がる。
因みに、夫はもはや無言で見守っているしかなかったりして。
そうしないと色々とヤバいようだ。


「かーちゃん?!」
「…っ!!」


突然、状況は一変した。
対戦者のジェントに押し倒される妻。
そしてナイフで袖を固定される。
SS席からでは葉桜の些細な隙は確認する事ができない為、何があったのか分からず混乱するボルネオ。

そこからの流れはとても早いもので。


――――ダンッ!


『っ!』


ドッ――!


踵落としを決められ、苦しげな悲鳴にならない悲鳴をあげる葉桜。
更に、衝撃で浮いた頭を足で挟み込まれ、空中一回転。
袖の破ける音が響く。


『Einladung des Engelsが決まった!』

『半分だけとはいえ、ダメージを負っていた葉桜にこれはキツイ!』


「うげぇ、痛そう。
…うわぁ。。」

「かーちゃーんっ!!」

「………。」


踵落としに対する椿のコメントが間に合わないくらいのスピードで事は運んだ。
頭からフィールドに叩き付けられ、そのまま動かない葉桜。
ボルネオはその光景を無言で、しかし悔しそうな表情をして見つめていた。


葉桜の手から刀状のリーフブレードが消える。
当の本人は…微笑んでいる。
…どうやら、動けなくなっただけで意識はハッキリしているようだ。
それを確認した途端にホッとして緊張の糸も何もかもが解ける。


『葉桜、戦闘不能!』

『よって、一回戦第七試合の勝者はジェントとします!』


ワアアアアアア――ッ!


…そうか、負けたのか。
ふぅ、と溜息を一つ。
その横では山茶花が落ち込んでいた。


「かーちゃん負けちゃった。
かーちゃん…。」

「あー、ほらほら、落ち込んでないで、かーちゃん迎えに行くぞ?」


そんな息子の様子に、微笑みながら元気付けようとする。
むぅ、と頬を膨らませて悔しそうな山茶花。


「そんな顔しないで!
かーちゃん元気付けに行くよ! 」

「おっ、良いこと言うじゃないか!
凄いぞ~椿!」


いじっぱりだから山茶花の前では強いお兄ちゃんになろうとしているのだろう。
そんな椿の頭をわしわしっと撫でてやる。
でも、やっぱり悔しいらしい。何故なら、頭を撫でられて嬉しそうにしながらも、クラりんが負けてからずっと俺のシャツをきゅと掴んで離さないからだ。


「そんな顔してると、かーちゃんに笑われるぞ~?
『まぁ!お顔がブルーになっちゃったんですね!』ってな。」

「ブルーじゃないもん!」


言いながらシャキッと姿勢を正してみせる山茶花。
顔はまだむくれたままだが。


「じゃあ、オレはグランブル!
がお~!!」
「ぼくだって!
がお〜!!」

「ははは、そんな事やってると、ホントに怖い顔になっちまうぞ~?」

「「えー!やだー!!」」


ふざけ合い始めた2人に微笑ましく思いながら冗談を言ってやると、良い反応が返ってくる。
どうやら、少しは機嫌を直してくれたらしい。


「よ~し、じゃあ、誰が一番速いか、かーちゃんとこまで競争だ!」

「オレが一番!」

「違うよ!ぼくだよ!」


息子2人が言い合っているうちに、ボルネオはサッと身軽に席を立ち、部屋の扉を開けて出て行こうとする。
そして一言。

「ほぉら、置いてっちゃうぞ~?」

「「ダメ~!!」」


慌てて座っていた席から飛び降り、父親の後について行く2人の息子。
SS席を出て行く、その足取りは少し軽やかで。


よく頑張ったね、クラリん…。


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「…よしっと!」


床の上に置いたバックパックのメンテナンスを終えると、点けていたテレビからちょうど「まもなく1回戦第7試合が始まります…!」というアナウンスの声が聞こえてきた。

そろそろか…と紫の髪の少年ーーネギタレはバックパックに背を向ける形で立ち上がり、バックパックから伸びた1対のチューブを掴む。


「スイッチが入ったみたいに几帳面に準備しちゃってさぁwww
自然体でも全然変わんねぇだろwww」


ネギタレがチューブを骨盤辺りにあるソケットに接続するのを見ながら(多分。)、火の玉状の物体ーームメがゆらゆらと揺れつつからかう。
因みに、もう一方の火の玉、フラは第7試合の録画の準備をしている所だ。
フラとムメはネギタレのサポーターである。


「うるさいな…。
俺は負ける訳にはいかないんだよ!」

「…あぁ、ラフレシアカチュだろwww
いいじゃねぇか、付けろよwwwきっと似合うぜwww」
「絶 対 嫌 だ !」


ケタケタと笑いながら相変わらずゆらゆらしているムメ。
一方の明らかに嫌悪感丸出しの表情を浮かべるネギタレ。
…どうやら、とてもリラックスしているようだ!


「いいじゃんかwww
似合う似合うwww
………おっと、シンクロ率120%!
準備完了だぜ、タレ。存分に暴れてきな!」

「…で、対戦者の宮坂って奴はどんな奴だったっけ?」


ネギタレはバックパックに接続されている2門の砲塔を様々な射撃角度に動かしてその動きを確かめながら、試合に向けて頭を切り替えようとしているようだ。
…対戦者情報くらい覚えとけよ。


「宮坂選手ね…。
所属は郁人。妖怪退治はしているけれど、本人はごく普通の人間みたいね。
でも…」

「その得物がちょーっと厄介みたいだぜwww」


ネギタレの元に戻ってきたフラがまず、答える。
続いて、ムメがちょっと訳あり風に答えた。


「そうね…様々な武器に変形可能なのよ。
今回はその追加効果を封印しているみたいだけど、本来だったらその得物で攻撃した相手を呪うらしいわよ。」

「様々な武器に変形可能…臨機応変に武器を変化させつつ攻撃してくるって事か。」

「…まぁ、今回に限った事じゃねぇけど、相手に流されんなよwww
タレはタレのペースで行け。
さもないと、途端に相手のペースに飲まれちまうぞ!」

「…後、宮坂選手は器用貧乏らしいわ。」
「…そんな情報いらないよ!!」

「職業タイプは私達も知らされてないけれど…戦士か盗賊。
即ち、万能タイプかスピードタイプか、だと思うわね。」
「無視かよ!!」

ボケておきながらネギタレのツッコミを華麗にスルーするフラなのであった。
計算なのか天然なのか敢えてなのかは知らん。


コンコン…


どうやら、迎えが来たようだ。
無意識に花瓶に飾られた下仁田ネギを見つめていたネギタレは、ノックされたドアの方を向く。


「じゃあ、言ってくるよ。」

「無様な所は見せないよう、せいぜい頑張りなさい。」
「バトってら〜www」


ネギタレはフラとムメに見送られ、気を引き締めて控室を出ていった。
…すぐに迎えに来た人物の容姿にツッコミを入れたいのを我慢するハメになるのだが。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うーん…。
何処行った…?」


きょろきょろと辺りを見回す度に1つにまとめた長い髪が揺れる。
だいぶ高く登ってきた南国の太陽が照りつけ、髪の赤茶色が輝く。


ここは闘技会メイン会場の裏側にある人気のない砂浜。
白い砂浜、やや不規則に寄せては戻っていく波…ここでは試合を前にしたメイン広場の喧騒も何処か遠い。

しかし、サヘルにはそんな南国情緒たっぷりの景色を堪能している暇は無い。
ここへは、ある人物を追ってやってきていたのだから…。


『げへへへへへへへへへへへへへへっ!!』

「…っ!!
何処…!?
姿を現しなさいっ!!」


美しい砂浜に不釣り合いな至極不愉快な響き渡る。
サヘルは鋭い眼差しで素早く辺りを見回す!
…だが、姿が見えない!


(くっ…アイツは何処に…!)


サヘルが焦るのも無理はない。
何故なら、ぐずぐずしていると彼女も標的にされかねないからだ。
そんなサヘルの思いを踏み躙るかのように、辺り一面に響き渡り続けていた不快な笑い声。

その笑い声が止んだ。


「盗撮犯藺牟田!
観念して出てきなさい!」


普段でさえ変態で面倒くさく、乙女の敵である藺牟田。
しかし、闘技会でこのブルーエル島にやってきてから、更に厄介になっている。
素早い身のこなし、存在自体も消える透明化…どういう訳か盗撮するのに必要なスキルを得てしまったようで、まさに水を得た魚のように暗躍している。
油断している訳ではない。
だが、長くこの状態が続くと自分も危ない…最初はただの危惧だったのに。
それは不安となり、今や恐怖になろうとしていて…。

だから。


ピピッ!カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!

「ぐへへへへ、作戦通り!
これでサヘルたんのおパンツ激写し放題!
長い髪の毛はぁはぁ!!慎ましいおっぱいはぁはぁ!!綺麗な形のお尻はぁはぁ!!悩ましい腰もはぁはぁ!!」

ぞわっ…!!

「ひっ……!」


ザッ…!!


足元でわざと鳴らされているのであろう、デジカメのシャッター音。
そしてその直後に耳元で囁かれた変態発言。

それに物凄い寒気を感じ、サヘルは思わず後退してしまう。
腕を自分の体に回し、まるで守るかのようにしながら。


見ると、今までサヘルが立っていた所に藺牟田が姿を現していた。
デジカメを構え、呆然としているサヘルを撮りまくる。


「ぐへへへへ、制服ファン、婦人警官ファンにはたまらないだろうな!
うひょひょひょひょひょひょひょひょ!!」

「やだ…っ!」


次の瞬間、藺牟田はにゅるっとサヘルとの距離を詰めた!
そして、様々角度から撮りまくる。
お尻を強調した所から、胸元を見下ろす位置から、ショートパンツと足の隙間から…。

藺牟田がこんな近くにいるのに、サヘルは藺牟田を捕らえる事ができない。
今や得体の知れない恐怖に心を支配され、ただされるがままとなっているのだから。


さわっ…

「……っ?!」

突然足を嫌らしく撫でられ、サヘルは弾かれたように走り出す!
砂浜から椰子の木立へ。更に普通の木々が林立する木立へと。人気のある方へ。
しかし、不快な笑い声はぴったりとついてくる!


「浜茄子…助けて…っ!!」

「気の強い子が怯えた顔で情けない声出すの萌える!!
サヘルたんはぁはぁ!!」


あまりの恐怖に足が動かなくなり、思わず頭を抱えてしゃがみこむ。
サヘルの助けを呼ぶ叫びは、木立の中に空しく吸い込まれていく。

助けは来ない。
何故なら、彼は今、ポケセンで仕事中だからだ。


藺牟田は再び写真撮影を開始する。
動けなくなったサヘルの周囲を回りながら、相変わらずの笑い声を上げつつ。
たまにサヘルの胸元や表情を撮影しようと寄ってきたりもする。

サヘルはそれを追い払う事さえできないでいた。


「ぐへへへへ!
サヘルたんは可愛いなぁ!」


ーーどうしよう…。どうすれば良いの…?
ーー助けて…浜茄子!やだ…!やだよ…!!

今や足も身体もガクガク震えている。
絶望しているかのような表情は青ざめていて。


「うひょひょひょひょひょひょ!
その顔、サイコー!!」


ーーなんで…どうしてこんな事に…?
ーーこのままじゃ…あたし…藺牟田のされるがまま?
ーーそんなの、嫌…。 それなら、どうしよう…。

だが、サヘルの思考を停止していた頭は静かに動き出し始めていた。
パニックに陥っていた頭がみるみる冷静になっていく。


「ちらっと見える胸元セクスィー!!
げへへへへへへへへへへへ!!」


ーー助けが来ないなら……自分で何とかするしかない!
ーーあたしだって、ストリートファイトしてきたんだもん。沢山喧嘩してきたんだもん。
身体の震えが、青ざめた表情が収まっていく。
根拠はないけれど、自信が漲ってくる。


「良く考えたら、こんなので負けるあたしじゃないよね。そんなの、あたしじゃないもんね。」


ぽつりと呟いて。
ーー藺牟田を絶対取っ捕まえてやる…!
そうするには…ここは隠れる所いっぱいあるから、藺牟田にとって有利だろう。
なら、開けた所……。
開けた所…砂浜…はアイツのホームグラウンドだから避けた方が良い。
なら、別の開けた所……。
……そうだ、この先に広場があった!
そこなら…!!


ザッ…!


これ以上、餌になりたくない。
これ以上、他の人に迷惑かけさせたくない。
勝機を見出したサヘルはさっと立ち上がると、すぐさま走り出す!

突然立ち上がり、走り出しても尚、藺牟田は気にせずに追いかけてくる!
すっかり興奮しているらしい…。


「サヘルたんの逃げるとこはぁはぁ!!
かわゆい!!
痺れさせたい泥で汚したい押し流したい!!」


…あんたのわざじゃ痺れないからっ!!
なんてツッコミを心の中で入れつつ。
向かう先は…中規模程度の噴水広場!


サヘルは一気に木立を走り抜け、噴水広場に飛び出す!
メイン広場から外れている為か、人影はまばら。
だが、その方が都合が良い。

…広場の奥の方ではヤナッキーの男がヒヤッキーの男性とスキンシップを取ろうとしながら何やら話をしている。
それを視界の端に捕らえつつ、サヘルは素早く踵を返し、走ってきた方を振り向いた!


「さぁ!出てきなさい、盗撮犯・藺牟田!」


…だが、薄っぺらい変態の姿はなかった。
周囲を見回しても、足元を見ても影も形もない!


アイツ…本当に透明化できるって言うの…?
信じられないって思ってたけど、どうやら本当みたいね…。
砂浜であたしを襲った時も透明化して盗撮したり近付いたりしてたって事か…。


姿は透明で、見えない。
彼が出す音も聞こえない。
何処にいるかの手がかりを用意に掴ませてはくれないようだ。


ーーならば、見付け出すだけ…!


しかし、今のサヘルは先程とは違う!
絶対に取っ捕まえてやる、そう強く思いながら目を瞑り、感覚を研ぎ澄ました…!


「……。」


スゥ……


感じたそれは、藺牟田の動く微かな振動。
本当に些細で微かな、空気の歪み。

ーー…見つけたっ!!


「そこだっ…!!」

シュッ!!
サッ!
ズドオォォォンッ!!


鋭く背後を振り返り、手刀の形にした右腕を勢い良く振り下ろす!!
その刃物のような手刀が当たるよりも早く、何かがひらりと後ろに飛び退く!

外れたかわらわりが煉瓦畳を砕き、容赦なく地面を割る!!
そして、藺牟田は再びサヘルの前に姿を現した。


「げへへ、良く場所が分かったねぇ。
サヘルたんを後ろから抱きしめてあげようと思ったのに!」

「藺牟田ぁ!覚悟っ!!」

ぶぉんっ!
ぶんっ!
ぶぉんっ!!


藺牟田の姿をその両目に捕らえたサヘルは、直ぐ様抉れた地面から大小様々な岩を持ち上げ…ぶん投げる!!
因みに、彼の変態発言は軽くスルーである。


「げへへへへ!!」


迫り来る岩を前に、いつものように笑っていた藺牟田。
しかし、次の瞬間、口から泥の塊を吐いた!


シュッ!

ドォンッ!!


泥の塊が岩に激突!!その瞬間、泥は飛び散るように破裂し、岩を蹴散らす!


「…ぐへ?
サヘルたんがいない。。」


「はあぁぁぁああああっ!!」

「ふへ…?」


泥が岩を蹴散らし、できた隙間。
そこにいた筈のサヘルが忽然と姿を消していて、藺牟田は不思議そうな顔をする。
突然宙から轟いた声に不思議そうな顔をしたまま顔を上げる。

…そこには、右腕を大きく振りかぶったサヘルがいた。


藺牟田の視界が遮られるほんの一瞬に。
岩に身を隠し、跳躍して空中から一気に接近していたのだった。
サヘルがヤル気満々の声と態勢で飛び込んできたのに、藺牟田はまだきょとんとしている。

そして…


「うおらぁっ!!!!」
ぶきゅるっ!!

立ち尽くしている藺牟田の、その不思議そうな表情の顔面に渾身のナックルが決まる!
表情を変えずに仰け反る藺牟田!


ずごぉん!!!
メキメキメキメキッ!!!
ズゴォォォオオンッ!!!


こうかはばつぐんだ! きゅうしょにあたった! ▼


そしてそのまま藺牟田の頭ごと地面を殴り付ける!!
陥没する地面とめり込む藺牟田!
周囲には物凄い衝撃波が発生し、地面がガタガタになる。
一拍置いて、ガタガタになった煉瓦畳とその周囲の土壌は本格的に崩壊したのだった。


しゅ~…。。


クレーターのようになった地面の底で藺牟田はぴくりとも動かない。
顔は完全に陥没しており、表情はおろか、顔のパーツすら判別できない。
そして、顔から微かに煙すら昇っているのが見える。

傍に転がっているのは、デジカメだった残骸。
…どうやら、藺牟田の個人所有の物だったらしい。
そして、もうひとつ、小さな機械の残骸が転がっている。
実はこれ、ステルスシステムや消音機能等を兼ね備えた特殊複合マシンである。
こいつを起動させて盗撮活動を行っていたのだが…そんな事、彼女は知らない。


「よしっ、撃破!
…まみに監視してもらった方が良いよね。」


腕で額を拭く動作をするサヘル。
まるで一仕事終えた、みたいな清々しい表情であった。

しかし、もたもたしてはいられない。すぐに藺牟田の襟首をひっ掴み、クレーターから引きずり出す。
そして、手早く縄で簀巻きにした。
気休め程度でしかないが、取り敢えずはこれで十分だろう、と思いながら。


そして藺牟田は主人の元へドナドナされて行きましたとさ。


…因みに、ヤナッキーの男は背後で行われた一連のドタバタを軽くスルーしていた模様。
モロに視界に入るヒヤッキーの男性はちらちらっと気にしていたようだが。

午後の試合中、主人であるポケモントレーナー・まみはバトル観戦に夢中になっちゃってて、その隙に藺牟田が脱走。
ちゃんと主人のスカートの中や胸の谷間を撮影。
気付いたまみがモンスターボールに戻そうとするが、藺牟田はボールから発せられる赤い光をひらりひらりとかわしていく。ステルスや消音等は失ったが、何故か機動力が高いままだったようだ。
捕まらないように動き回りながらも、隙を見つけるとまみにでんじはを浴びせかけ、痺れさせる事に成功する。
そして、主人が感電している所もしっかり色々な角度から撮影し、そのまま逃走してしまったのだった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「次の対戦相手は…」

「ジェントさんね。
コロニオン星人の軍医さんみたいよ。」

「そうだね。
…うわぁ、強そう。。」

「おいおい、戦う前から気圧されてどうすんだよwww」


フラに促されて観始めた本日行われた試合の録画の内容に、思わず顔をしかめるネギタレ。
そしてそれを茶化すムメ。
今、この部屋には3人(?)しかいない。
エンジェル・ブライト号にあてがわれた選手の自室は、豪華客船だけあってかなり贅沢。
ベッドは大きくてふかふかだし、ソファもふかふかしていて、ゆったりくつろげる。
テレビは薄型の大型液晶テレビで映像も綺麗。
大きい浴槽のついたシャワールームに広い空間を持つお手洗い。
自炊の為のキッチンには冷蔵庫のみならず、電子レンジやオーブン、トースターを完備。
因みに、コンロはIHコンロである。
その豪華さに、上機嫌になったエリとまみは船内を散策しに出かけてしまった。
ネギタレも行こうとしたが、「あんたは留守番ね!」と足止めを喰らってしまったのだった。
なので、監視役として残ったフラ、ムメと仕方なく明日の作戦会議をしていたのであった。

あまり乗り気じゃない(まずは休んだり散策したりしたいから)うえに、小さな不安も感じていて。
本日の試合の録画を観終わり、パソコン画面内の選手のデータに目を移しながら、ため息まで飛び出す始末。

それでも、次の日のバトルの事を考えていない訳ではなかった。

次の相手の戦い方はその殆どが中距離、近距離からの攻撃。
勿論、軍関係者である以上、幾つか銃器を持ってはいるだろうし、それらは要所要所で火を吹くと見て間違いなさそうだ。
どの間合いで戦っても強いオールラウンダー…しかも、身体能力や豊富な戦闘経験もあるだろう。
対してこちらは…戦闘「自体」はできるが、敏捷性と経験に劣る。
銃器の射程外となる超々長距離からの攻撃も可能だが、大きさの限られたスタジアムのフィールド上では意味をなさない。


「相手は相当な手慣れ…これまた厳しいバトルになりそうだな…。」

「ジェントさんの初手は多分火炎放射器か…他の銃器じゃないかしら?
だから、ナイフ持って突撃はやめた方が良いわね。
銃による攻撃は技タイプが分かりにくいし、様子を見る為に距離を開けておくべきかもしれないわね。」

「…うん。」

「それじゃ、バーティカルエッジ一択って事だな。
まぁ、あれなら壁のような使い方をしつつ相手も狙う事ができるし、いいんじゃね?
火炎放射器程度なら焼けねーしwww」


フラやムメの言う通り、こちらはより柔軟な戦い方も可能だ。
それに、攻撃力だって負けてはいない筈。
だから、理論的には勝機はある事になる。

ーー後は自分の流れで進められれば…。


だが、それが不安でもある。
ーーエリ達が帰ってきたら、気分転換に船内散策しよう…。それまでは、ちゃんと明日の事考えなきゃ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昨晩、しっかり作戦会議して準備万端整えてきたのに。


『ごらんの通り、二回戦はスペシャルステージ!!』

『灼熱の火口ステージ! 流れ出る溶岩はもちろん本物!
 汗も滴り落ちる前に蒸発するステージで繰り広げられるバトルはより熱い展開を見せてくれるでしょう!』

『涼やかな水中ステージ!
 不思議な魔法で作られた巨大な水槽はきっとどこの水族館のショープールよりも広い! 深い!
 ちなみに、特別な魔法がかかっているため水中での呼吸OK、
 流れ出た血はそのまま泡になります。グロ耐性ない人にも優しいステージ!!』

『美しい氷上ステージ! フィギュアスケートのステージのようにツルッツルに磨かれた氷の床!
 点在する氷の山は光を通して蒼く輝く! -20度の突き刺すような気温に耐えられるか!?』

『そして!』

『『遥かな宇宙を思わせる無重力ステージ!』』
重なるリングの中は無重力! 重力に支配されない不思議な感覚に包まれる!』
『ちなみに、外から呼び寄せる系の攻撃がリングにぶつかって弾かれたりということはありませんので、
 どなた様も安心して攻撃が出来ます!!』

『以上!
 二回戦の為だけに用意されたこのスペシャルなステージで、一際スペシャルなバトルが繰り広げられます!』


ワアアアアアアアアアアア―――!!


ーーなんだよ、スペシャルステージって…。。

…どうやら、もうひとつ、不安要素が登場してしまったらしい。
そんなもん、寝耳に水…青天の霹靂だ。


「待つのだ! ワレワレこんなの聞いてないのだ!」

「選手要項にも、予定表にもこんなこと書いてなかったぞ?」


ジルが慌てた様子で異議を唱えたのに続き、ネギタレも訝しげな表情で訴える。
他の選手達もそれぞれがそれぞれなりに困惑したリアクションをしているようだ。


『だってスペシャルだもんね、しーちゃん』

『そうよね、しーちゃん。このことはスタッフ以外には秘密だったもの』


だが、司会のブルーシアと解説の時雨は全く意に介さない。
それどころか、若干楽しそうである。
…このドS共め。。


『それぞれの試合開始前にステージは発表されていきます!
 とはいえ、選手の皆さん? もうステージに対応できるように装備や武器をカスタマイズし直しちゃだめよ?
 昨日と同じ、今の状態のままで臨んでね!」

『だって運も実力のうち…自分に有利なステージを、自分自身の幸運でもって引き寄せて! ――それでは!』


『『これより、ブルーシア島主催闘技会二日目、二回戦の開始を宣言します!!』』


ーーこれは参った…。
バトル前までどのステージになるかが分からない。これは不安材料となると共に、ステージ補正も加わるという不測の事態である。
折角立てた戦略も崩される可能性が大いにある、予測不能な因子。


「殆ど経験がない無重力ステージや水中ステージにだけは当たりたくないな…。
火口ステージや氷上ステージも素足にはキツいけど。」


思わず、口に出してしまうネギタレなのであった。
それを聞いた選手はさて何人?

因みに、ネギタレは半袖ハーフパンツだから氷上ステージの気温もキツいのである。


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『『第三、第四試合のステージはこちら!!』』


どおおおぉぉっ!!


「…なんだ!?」


フィールドに透明な水が満ちて行く。
淡い蒼に輝くフィールドの外周。
その内側に水が溜まっているのだ。


ーー…うわぁ、マジかよ。。
バックパックあったらそんなには動けないな…。
撃てないし…。


案の定だった。
ネギタレがフィールド上に上がってきた時にはスペシャルステージは既に水中と氷上だけになっていて。

ーーうーん、どうしよう…。

頭上から降り注ぐ大量の水に身体が浸かって行く。

ーーでも、どうにかするしかないんだよな。


こっそりと心の中で落胆しつつ、しかし、今は前を…相手を見据えなければならない。
その為に、若干萎れかけた心と確実に大きくなった不安を押しくるめていた。
…だから。


「うわっ!? 溜まるの早くないか!?」


水の溜まり方が早い事に驚いてしまった。
…今ので心の内を悟られてなければ良いが。


「その方が観客を待たせなくていいじゃない。…ひょっとして、泳げないとか?
 背中のそれ重そうだものね」

「…それを言うなら、そっちこそ持ってるそれがいきなり役立たずになって残念だったな」

「……それについては、まったくね。
 氷上ステージだったら氷を溶かして、そのまま固めて動きを封じる…なんてことも出来たかもしれないのに」


ネギタレが対戦者であるジェントと話しているうちに水位は首元にまで達していた。
更に、次の瞬間には頭まですっぽりと水に浸ってしまって。


『第三試合は水中ステージ!』

『呼吸の出来る不思議な水の中で思う存分戦っちゃって!』

『なお、ちょっとグロイかなと思って、溢れた血は水に溶けるよりも前に人魚姫よろしく泡になります』


「水中戦は苦手だけど…さて、どう戦うかな?」


瞬く間にフィールド上に出現した水槽無きプールから目を逸らし、不安そうな表情でいる隣の青い小鳥に不敵に笑ってみせて。


「タレがこの状況でどう戦うか、見物だね。
水中じゃキャノンは撃てないし。
でも、蔦で水上までリフトアップすれば撃つ事ができるけど。」

「タレがそこまで考えるですかぁ?」

「もしかしたら、考えつくかもしれないね。
だって、私達の蔦は射程距離が無限にあるんだから。」


エリンゲートは心底楽しそうだった。
弟が無様に負けようが、ラッキーな事に勝とうが、彼女には関係がない。
バトルを観るのが純粋に面白いから。

…弟の事を全く考えていないという訳ではないが、割とどうでも良いと思っている。
このバトルは経験になるだけだし。


『それでは――』

『『バトルスタート!!』』


ドドドドドドドド――!!


ネギタレが蔦を地面に突き刺し、直後、複数の蔦の刃が地面からそそり立つ!
切れ味鋭い蔦の森…バーティカルエッジである。
しかし、ジェントはその正確無比な攻撃すら回避する。
それ所か、逆にそれを利用して水中へ浮かび上がり、水底からできるだけ離れた!
いくら蔦の飛び出す速度が速いとはいえ、地面から一定以上離れていれば当たるリスクは減るのだ。

ジェントは素早く迫り来る蔦の槍を回避していく。
避け切れないものもあるが、それらはポールとして利用し、回避と同時に方向転換までこなす。
掌は蔦の棘が刺さって傷になるだろうが、それはほんの些細なもの。
確実な一撃が欲しいが…。


「水中でもあの動き…やっぱり、だいぶ不利だね。
最後までに1度でも当てないと厳しいでしょ。」


エリンゲートすら口に出してしまう程、差がある。
ネギタレの最後の技は一発逆転を狙い得るもの。
だが、それだけが当たっても勝てるとは限らない。確実に勝つには、相手にダメージを与えておかなければならない。
1回戦では防御技に阻まれてクリーンヒットはさせられなかったが、キャノンによって壁に叩きつける事に成功した。
それもあり、最後で逆転勝利を収める事が出来た。
…だが、今回はそう易々とダメージを与えられそうにはないようだ。


『水中でのナイフの応酬! …若干ネギタレの方が劣ってる?』

『でも大きな差ではないわ』


「…あら、結構やるじゃん。慌ててナイフで迎え撃った割には、足に当てられるなんてね。

でも、ジェントのペースに変わりはないか。
あの程度のダメージじゃまだひっくり返せないだろうし。」


水中でのナイフの応酬。
ネギタレは結構な傷を負ってしまったが、やり返した。
その後も、若干押されてはいるが、しっかり応戦できていた。

ーーへぇ、中々頑張ってるじゃん。

ちょっと見直したりもしつつ。
その間に、バトルは新たな展開を見せていた。

ジェントがネギタレを蹴り飛ばし、距離を開けたのだ。
そして、再び距離を縮め始めた。
その手には黒いブツ…1回戦でも使った、手榴弾。


ずどんっ!!


手榴弾の爆ぜる音。
その衝撃をモロに喰らったネギタレは吹き飛ばされる。
防御体勢を取って爆発から逃れていたジェントがネギタレに接近する。
足を怪我しているのに、この機動力。
ネギタレは息つく暇もないだろう。


ズドドドドドドドド――!!


『ネギタレの蔦鉄壁! ナイフ程度じゃ傷一つつかないわよ!』

『戦略的引きこもりってやつかしら?』


ネギタレの蔦鉄壁が決まり、ジェントは水中に置き去りにされてしまった。
これで息つく暇はできたようだ。


「…あーぁ、普通に防御しちゃって。
巻き込めばダメージ与えられるだろうに。
キャノン撃ててないし、これが最後のチャンスなのに。
わかってんのかなぁ?」


蔦の城壁都市の周囲を旋回するように巡るジェント。
それを観ながら、エリンゲートは呆れた表情で肩をすくめながら呟く。


「でも!ジェントさんも手出しが出来ないですよ!」


まみが縋るように叫ぶ。
今までハラハラドキドキといった感じで落ち着きなく観ていたが、遂に我慢できなくなったらしい。


「うん、手出しはできないね。

…タレも長くは引きこもってられないよ。」

「え…?」

「だって、傷だらけだもん。
そろそろ限界の筈。

…血が止まらなくてね。」


エリンゲートには状況がはっきりと分かっていた。
ただ、彼女の語る口調は少し優しかった。
…まるで、まみを気遣うように。


エリの言う通り、ネギタレは間も無く蔦鉄壁を解除した。
それと同時に、ジェントがネギタレに向かう。
…バトルも佳境だ。


「「…あっ!!」」

「……。」


まみとランプが叫ぶ。
ジェントがネギタレを水底に押し付け、掌にナイフを突き刺したのだ。
エリンゲートは険しい表情で黙したままである。


ドォ――ン!!!!
 ザバアアアアアアア――ァァンン!!


『ネギタレのファイナル・エナジー・クラッシュ・ミニが炸裂!』

『相変わらず凄い威力ね…水が無かったらまた逃げなきゃいけなくなってたかも』


「出たですぅ…!」


ネギタレの必殺技は水の塊を酷く暴れさせた。
祈祷師でもないのにこの威力。
…本来の威力の20%に抑えられているとはいっても、このド派手な見た目と破壊的な力である。
蒸発して発生した霧が辺りを漂い、水中は泡まみれ。
荒れ狂う波の揺り籠に抱かれた2人の選手が確認できるようになったのはそれから少し経ってからの事である。


『至近距離で必殺技を食らったんだもの。ジェントはそのショックで気絶してるようね。
 ネギタレは必殺技を放った直後だから…それに、失血のせいもあるかしら?』

『つまりどっちもダウン…ってことね。ならば待つしかない』

『とはいえ、どちらも相当なダメージだろうから、あんまり放置するのもドSが過ぎると思うのよね』


実況と解説の声が会場に響き渡る。
固唾を呑んで見守るまみとランプ。
相変わらず、腕と足を組んで険しい表情で黙したままのエリンゲート。


『30秒…! 30秒のうちに目を覚ました方を勝者とします!
 決着がつかなかった場合は判定に――あ!』


「…う」


目を覚ましたのは、ジェントだった。

ネギタレは…目を覚まさない。
それどころか、どんどん肌が青白くなって行く。


『ネギタレ、戦闘不能!』

『よって、二回戦第三試合の勝者はジェント=USPとします!』


――わあああああああああっ!


…勝負あり。
歓声をよそに、エリンゲートが口を開く。


「…そりゃあ負けるわ。」

「負けちゃったですね…。」


サバサバとしているエリンゲート。
それに対し、まみは残念そうに俯いていた。
何だかんだで悔しそうだった。


「…で、でも!
かっこよかったですよね…!」

「「え?」」

「え…?
か、かっかかかかかかか…かっk…かっかっ…カッコーウ!!カッコーウゥ〜……」


そんなまみを見かねて、ランプは思わず言葉を発してしまう。
直後、自分の言った言葉に激しく反応し、みるみる顔が真っ赤になっていった。
何故かカッコウの鳴き真似をして誤魔化すが、効果なんてなかったりする。最後には顔から蒸気まで上がってたりして、ぐったりとし始めた。


「さ、迎えに行こうか!」

ビクゥッ…!

「わ、私…用事思い出したから先に失礼します……!」


魂が半分抜けかけていてもおかしくない状態だったランプだが、エリンゲートの一言で強制再起動。
勢い良く座席から立ち上がり、そのまま逃げるように退室しようとする。


「……で、何処に行くのかな?
あなたも迎えに行くんだよ?」


言うなり、微笑みながら青い小鳥をひっ捕まえて。
当の本人はヒッ…!と小さく悲鳴をあげたが、首根っこを掴まれていて逃げられない!


「ま、待って…わ、私、用事gぐぇ。」

「はいはい、お迎えに行こうねぇ〜。」


か弱い乙女の体はそのままズリズリと引き摺られていきましたとさ。
因みに、ランプがこの後の展開を想像して気絶したのはこの直後の事である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


窓から傾きかけた陽光が差し込み、床を橙色に染める。


「……。」


行き場のない罪悪感と高揚感を感じつつも、「けいかいポケモン」らしい身のこなしでエレベーターの前に辿り着いた。
ボタンを押し、エレベーターが来るのを待つ。
…周りには誰もいないようだ。
エレベーターが到着するや否や、周囲に十分気を配りつつ身を滑らせるように素早くエレベーターに乗り込む。
そして秘密コマンドを入力して、後は着くのを待つだけだ。


…午前中、船内の掃除をしていたら衝撃の事実を知らされた。
凄く後悔して、昼に謝りに行った…だが、どうにもあの魅力には抗えない。
購入時には中身は見えないので、当たってしまったら勿論、責任持って処分するつもりである。


ーーピンッ!


そう心の中で免罪符を作り上げてると、目的の階に着いたようである。
これまた素早い動きでエレベーターを降り、十分に周囲を確認しながら、歩を進める。

それでも、秘密の通路を進む歩みはかなり速い。
何故ならば、休み時間は短いからである。


次第に高まる高揚感。
それは今や罪悪感や不安を押しのけつつあった。
店はすぐそこだ。


「…こんにちは、お兄さん。」

「いらっしゃい。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…フォン!

誰もいないスタッフ専用控室に突然白衣を着た女性が現れる。
豊かなロングストレートの黒髪をゆったりと振り、女性は冷蔵庫を開ける…。

この大会では観客や選手のサポートスタッフ、会場のスタッフ等、一般の患者を治療する医療スタッフのボランティアをしているルフ--ルフリック。
腹痛やら頭痛、気分が優れない、こけた擦り傷等々…様々な症状を抱えた一般患者が初日から…もっと言うと、大会前日からひっきりなしに来る。それに加え、選手の治療に駆り出される可能性もあり、とても忙しくしていた。

だから、ちょっと暇があるとこうして休みに来るのである。
もうすぐ夜になろうとしている時間帯だけに、流石に患者の数も減ってくるので、暇ができた…という感じだ。
かと言って、ルフの手際が悪いのかと言うと、そうでもない。実際、わんさかやってくる患者を次から次へと治療していく様は驚きの一言だ。
しかも、治療は一瞬で終わり、痛みも後遺症も伴わない。更に、ルフの対応も親切丁寧で患者からの評判は頗る良い…。
流石はメテオスの世界観における宇宙最強種族・七賢である。


「…あら、アイスが入ってるじゃない。」


冷蔵庫には目ぼしいものはなかったが、冷凍庫には「サンジューイチアイスクリーム」のアイスクリームが沢山入っていて。
目を輝かせながら早速物色を始めると、美味しそうなフレーバーのアイスが目に入った。


「なんかラベル貼ってあるけど、これ美味しそうだし食べちゃおっと♪」


…何やら、貼られているラベルから微かに禍々しい気が漂っているようだが、そんな事気にしない。
早速蓋を開けて、虚空から豪華な装飾のスプーンを取り出して、美味しそうに食べ始める。


「う〜ん!
美味しい!!
この爽やかさがたまらないわね!

…あらやだ、患者さんだわ。」


カキッ…!
フォン!!


どうやら、患者さんが来たようだ。
ルフはアイスを氷に閉じこめると、凍りついたアイスを持ったまま仕事場へと戻っていった。


…ラベルくらい確認してください。




いや、「食べてください」っていう誘い受けだと思ってつい書いちゃいました…www


ルフ「氷なら私も得意よ!」(自信満々に


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興奮の夜から一夜。

朝日に照らされ、朱色に染まったメインスタジアムが静かに佇んでいた。
沢山の観客や関係者のざわざわっとした音に代わり、打ち寄せる波や南国のそよ風、動物達が奏でる音色に支配される…思いきや、今日は島内のあちこちでアフターイベントが企画されているようで、慌ただしく準備を進める人影がちらほらと見られ始めていた。


そんな、人々が活動を始め、少しざわめいてきた頃も豪華客船プリンセス・ブライト号はブルーエル島の港に静かに停泊していた。

その絢爛豪華な客船も午前9時になればブルーシア島へ出航する。
今はブルーエル島で見られる、最後のゆったりとした姿を見せているのだ。

その船内の廊下を、一人の女性が歩いていた。
前日までのきらびやかで可憐な衣装とは違う、カジュアルな服装。
鞄を肩にかけ、メインホールへと歩いて行く。


ーーとは言え、やっぱり挨拶なしで去るのも寂しいものね。


タイミングが悪かった。
だが、この機会を逃した今、もう挨拶には行けないだろう。
3日間と準備日の楽しかった、面白かった思い出が蘇る。

殆ど接点がなかったに等しいのに、すぐに仲良くなった。あだ名で呼び合ったり、息を合わせた口上を披露したり…喧嘩もしたけど、楽しかったなぁ。
…手紙を出したら、届くだろうか?
向うから手紙を出してくれるだろうか?


「…あぁーっ!!時雨…!!」

「…へ?

……ミーネ。」


だから。
十字路に差しかかった時に近くにミーネがいるとは気付かなかった。
高いギャルのような声に呼び止められ、吃驚してしまう。


「1回戦敗退…今回は残念だったわね。
技のキレはあの時とほぼ同レベルな感じだったし…威力はちょっと低くなっていたように思うけど、コンディションは悪くはなかったんじゃないかしら?」

「ホンット!もう、悔しいなぁ…!
調子乗り過ぎなければ勝てたのに…っ!!」


何を言って良いかわからなかったので、取り敢えず今大会の感想を述べてみる。
…どうやら、ミーネに悔しさを思い出させてしまったようだ。
時雨は敢えて気にせず、自分の考えをぶつける事とした。これが火に油を注ぐ結果になっても、少なくとも「この場所」では危害は加えられない事が分かっているから。


「うーん、それはどうかしら?」

「はぁ?
何?ミーネが本気出しても勝てないって言ってるの?!」

「だって、相手の…チェリーちゃん、相当な実力者だったじゃない?
それに、技の相性でもチェリーちゃんの方が有利だったもの。技の属性は考えなくてもね。
それを考えたら、ミーネは負けたけど、結構粘れた方だと思うわよ…?
下手したらカオスヴォルテックスでダウンしてたんだから。」

「そ、そんなの…っ!!

………。

あぁ〜〜〜〜っ!!
もうっ!!
時雨!!ミーネと勝負しなさい!!今すぐに!!
今度こそ絶対ぶっ殺す…!!」


ーーやっぱりね…。
時雨は心の中でだけ苦笑して。

これだけ根に持つタイプなのだから、自分に対しても復讐しようと考えている事くらい予想はつく。
煽ったら良い感じに熱くなったようなので、そろそろ「手出しは出来ない」という事を伝える時になったらしい。


「はいはい、何言ってるの。
ここは船内よ?」

「へぇ〜、怖いんだ?
ミーネに殺されるのが怖いんだ?
"女神に愛されし巫女"もそんなもんなんだぁ。」

「はぁ、分かってないのね…。
あのね、ミーネ。
こんな所で戦ったら被害甚大よ。
人が沢山乗ってるの。戦闘技術高い人も乗ってるけど、そうじゃない人も大勢乗ってるの。
分かるでしょ?
それに…こんな所で騒ぎを起こしたら、貴女、この世界の出入り禁止になるわよ?」

「うっ……。

そ、それは……。

じゃ、じゃあ、帰ったら速攻勝負よ!
それなら文句ないでしょ!」


あ、面倒くさい。

時雨はそう思った。
ミーネはよっぽど雪辱を晴らしたいのだろう、どうしても戦いたいらしい。
あんな無様な戦い方しておいて、よく戦おういう気が起きる物だ。もっとも、本人は「無様な戦い方」だと思ってないようだが…。
どちらにしろ、時雨にはミーネと戦う気は毛頭無い。
ーーここは適当な理由を付けて断っておくか…。


「あのねぇ…。
私、明日から仕事なんだけど…。」

「仕事の心配なんてしなくていいじゃない!
だって、ミーネがあんたを殺すんだから!」

「殺されるって決まった訳じゃないでしょ。

…もう、結構休暇もらってるんだし、これから年末に向かって忙しくなるんだから勘弁してよね。
そんなに戦いたいなら今度受けて立つわよ。」

「…っ!!
言った…!!今言った!!
戦わなかったら嬲り殺しにするんだからねっ!!」

「はいはい。
じゃあ、私はホールのカフェでボッサしてくるから。

…せいぜい修業して強くなることね。」

「ぜぇぇぇぇったいアンタを殺してやるんだからっ!!
絶望のどん底に落として…命請いさせてやるんだから!
ぐっちゃぐちゃにして燃やし尽くしてやるんだからねっ!!」


まだ早朝だというのに、嬉しそうに大声を上げるミーネを背中に、時雨はメインホールへと歩を進める。
ーー前回は1対2だったとは言え、正直かなり追い詰められた。油断してると、本当に殺されるかもしれないわね…。
そう思いながらも、この先戦う事はないだろう、とも思う。
「今度」はもう来ないだろうから…。
もう来ないから「今度」と言った。

そこまで考えて、この件に関しての思考を閉じた。
これから、UFO発着場のあるブルーシア島に船が着くまでの間、カフェでのんびりする。
それから…少しブルーシア島内を巡ってから(巫女もいるし)、帰宅の途につく事にしよう。

明日は早朝から仕事だから…帰ったらゲームもせずにすぐにばたんきゅ〜、かな?


こうして時雨は再び日常へと戻って行くのであった。

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