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2010年4月11日 (日)

ピエンツァ市街の歴史地区

昨日は比較的早く寝たんだが…8時に目が覚める→寝る→10時頃に目が覚める→寝る→結局11時半起床

\(^O^)/


それにしても、今日は良い天気だったな。
散歩にでも行きたかったが、そんな暇無かった。


ってな訳で、学校には行ってきた。
イラストはうちのプリンタで印刷するとどうも綺麗に印刷できないので、学校でした方が良いんですよね。
ってことで。

友人がSPI?やりに来てた。


帰りにゲーセン寄ったけど、QMAやらんかった。







緑ままさん4周年おめでとうございます!!

これからの活躍にも期待!!


どんどんコンテンツ増えてくのかな?wktkwktk


あっ、変更しますた。


それにしても、最近新しい仲間がどんどん増えてきてますね!
鷺ワールドはまだまだ広がりそうです。


俺もちょっと手が空いたら何か描きたいわ。
…っていうか、もう1ヶ月切ってる訳だしね。


うちの場合、ひうぃっひひーはネギに内包されてるな、完全に。
だって、向こうの背景がネギだしwww






続きから世界遺産!






ウガンダのルウェンゾリ山地国立公園!

ナイルの始まりを求めて幻の月の山へ。


ふむ、ナイルって古エジプト語で「川」なんだね。
知らんかった。


マーチソン滝…?


アフリカゾウにカバにナイルワニ。
良いねぇ良いねぇ!!


現地の人達…
額の紐だけで荷物を運ぶとか凄いわ。

うーむ、我々とは鍛え方が違う(ぉ


ルウェンゾリ山地国立公園は2100m以上が世界遺産登録エリアだそうです。
最高峰は5109mか。

この最高峰、調べたら、マルガリータ峰というらしいね。


森林の中でも川の音が凄いな。
既に大河の様相を呈しているナイル。


おっ、ジョンストンカメレオンだ!
ルウェンゾリ周辺だけに住むのか。
可愛いなぁ、こいつwww

おっと、サスライアリ!
危ないのが住んでるな、ルウェンゾリは…。


3000m、うっすらとした霧が森を包んでいますね。

…コケが木々を覆ってる。
うわぁ、不思議だなぁ。
マジで別の惑星みたい。


熱帯雲雨林って言うんだって。
インド洋からの湿った温かい風がやってきて、ルウェンゾリ山地にぶつかって上昇、3000m付
近で霧になるんだとか。


アフリカ第2の高峰、ケニア山。
初めて見たわ。


3500m、岩から水が流れ出し、湿地帯になってる。
すげぇ…。
またガラリと環境が変わりますな。

そこに高さ10mにもなる草。
高山の幽霊とばれる、ジャイアントセネシオ。
群生地なんだって。
枯れた葉を纏って夜の寒さ対策。
ふかふかしてる。

滅多に咲かないという花は黄色。
キク科の草なのだそうだが、巨大化した訳は分からないらしいね。


巨大草はまだあった!
ジャイアントロベリアは高さ3、4m。
白い毛で寒さや紫外線から花を守るんだって。

毛の根本に蜜がある訳ですね。
まぁ、あれって花だし。


おっ、サンバードだって。
綺麗な色だなぁ。

ジャイアントロベリアは鳥で受粉しているのですな。


動物を発見。
ダイカーって、動物。
偶蹄目ウシ科だそうですね。

オオバヤブカローネズミ。
何これ可愛い…。


ルウェンゾリトラコはこれまた綺麗だな。
ルウェンゾリ固有種みたいね。
調べたらカッコウの仲間なのか。


月の下で踊る人、か。
狩りの成功を祈って聖なる山に踊りを捧げる。


ナイルパーチってナイル周辺の湖じゃ外来魚だったのか。
って、ディレクターwww


ビクトリア湖だ!!
世界第3位の巨大湖。
ナイルの源流と言われた所ですね。

プトレマイオスの地図にはナイルの源流、月の山が記されています。
探検家がその月の山を探して失敗してるようなので、幻の月の山と呼ばれているようですが。


4500mでは植物が少なくなり、岩場に…
ルウェンゾリの山頂にある氷河が見えた。

急斜面を渡る、見るからに滑りやすそうだ。


そしてスパイクを履いて氷河を登る。
霧で視界不良。
怖いなぁ。

氷河の先端を発見。
ここから滴る滴がナイルの最初の1滴だって。


そしてこのメインテーマである。
これは変わらないね!


最後はアフリカゾウ
やっぱ動物は良い!!




次はイタリア、ダヴィンチの『最後の晩餐』!

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