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2009年11月 9日 (月)

プラハ歴史地区

さて、昨日は某所の絵チャに行ってきましてね。
ネギ…いつの間にろりこん疑惑が浮上したのやらwww

で、寝たのが3時過ぎです。
コーヒーに牛乳入れて飲んで…。


で、6時半に目が覚めて、50分くらいには起床。
お出かけなんだぜ。

良く起きれたなぁ、自分!!


途中駅で友人達と合流して…目的地へ。

うへっ、結構並んでるwww
っていうか、友人よ、この場でその話は不適切だろ…。。


当日券配付場所に行ってみると凄い列。
まぁ、会場内は想像程酷くなかったけど。


履き慣れてない革靴だったので小指と親指と足の裏が痛い。





帰り、東京駅から。
4年前にLさんをお見送りした通路とか久々に通ったわ。
懐かしいなぁ。


…お?
連結シーンだwww
だいぶ小さい頃、仙台に行く時に「つばさ」と「こだま」か「ひかり」との連結シーンを見て以来だwww


家帰って世界遺産観た後、眠くて寝てた。。
3時間くらい寝てたっぽい。




某フラッシュ、連続クリックすると大量発生するんですね!!
やべぇ、面白いwww






続きから世界遺産!





ヨーロッパの心臓と言われているチェコ。
「黄金の都」と言われるその首都…プラハ歴史地区!

冠を被った頭蓋骨と縁が深いのです、この街は。


さて、ここは人形劇がとても盛んですね。
この人形劇にもその物語は語られている訳ですが。

プラハの街中にあるとある門、ここからがかつてのプラハだったらしい。
この門から始まり、丘の上に聳えるプラハ城まで続く道を「王の道」と言うそうです。
歴代の王が戴冠式を行う為に通った道だったかららしい。


さて、プラハには1600?を越える文化財が並び、「建築の博物館」と言われているらしいですよ。
そんな建築には黄金のヘビ等、様々な紋様があったりしますが、これが住所代わりをしていたのは有名な話ですね。

さて、旧市庁舎前に集まる人々。
ここの旧市庁舎には時計塔があります。
で、これまた有名な天文時計。
仕掛け時計ですね。
1時間に一度、だったかな?
窓が開いて、キリストの12人の弟子が顔を覗かせるのでした。

で、カレンダリウムもあります。
1日に一人、歴史上の人物の名前が書かれてる暦ですね。
で、9月28日、祝日の所に書かれている名前が…聖ヴァーツラフ。

街の中心を流れるヴルタヴァ川(モルダバ川)。ここにカレル橋という石橋が架かっています。
14世紀に完成して、19世紀まではこの川に架かる唯一の橋だったそうですが。
勿論、市内で唯一ってことでしょうね。

で、この橋は30体の聖人像によって護られています。
ここにも、聖ヴァーツラフの姿が。

聖ヴァーツラフと共に歴史を刻んできたのがプラハの街なので、街の色々な所にいるのですね。


さて、プラハ城は歴代の王が増改築してきた城です。
で、今はチェコの大統領宮。
毎日正午に衛兵の交代が見れるとかで。
衛兵になれる倍率は10倍で、青い目と金髪のハンサムがなることが多いとか。

さて、聖ヴィート大聖堂には
チェコを代表するデザイナー、A.ミュシャのステンドグラス等があります。
聖人を描いたステンドグラスには、聖ヴァーツラフがいました。


21人の王が誕生し、戴冠式が行われましたが、黄金の王冠を作らせたカレル4世は王冠にヴァーツラフの名前を付けたそうです。


どんなに偉大だったかというのが分かりますね。


で、ヴァーツラフ礼拝堂に
ヴァーツラフの棺があります。
今も遺骨が安置されているようですが、特別な日にしか見る事は出来ないんだとか。
まぁ、見れるだけでも凄いんだろうけどなぁ。

で、ヴァーツラフはプラハの創成期にキリスト教を広めたりしたそうで。
935年に反対派に焚き付けられた弟によって暗殺されてしまいます。
死後、第一の守護聖人となったのでした。

ピンチになると白馬に跨がって現れ、魔法の剣で敵を撃退すると信じられているそうで。
まぁ、プラハのヒーローなんですよね、うん。


さて、城の一角に黄金の小道と呼ばれる場所があります。
金細工職人が住んでいたからこの名前になったらしい。

で、後世になると芸術家達がインスピレーションを求めて移り住んできたりとかしてまして。
そこに住んでいたのがフランツ・カフカ。
彼の言葉に「プラハは私を離さない」っていうのがあるらしい。

プラハの精神を表せる作家とかなんとかで。
そんなカフカは現代アートにも登場してたりとか。
ヴァーツラフも登場していることがあったり。

ヴァーツラフって、プラハ市民の魂そのものって感じらしいなぁ。。


9月28日、厳戒態勢の中、ヴァーツラフの頭蓋骨が移動します。
車で40分、プラハ郊外のスタラーボレスラフ村。
そこの教会へ。

この村はかつてヴァーツラフの弟の領地でした。
で、村に招かれた祭、教会で暗殺されたのです。
3年後、暗殺した事を悔いた弟がプラハ城に頭蓋骨を返したと言われているらしいよ。
で、それから1年に一度、没したこの地に赴き、ここでミサが行われるんだとか。

祝日だし、チェコ全土からヴァーツラフを慕う人々が集まってくるんだろうなぁ。
9月28日が命日だから、ですね。


白バイが沢山先導し、鐘の鳴り響く中到着。
いやぁ、厳戒態勢ですなぁ。

この村でのミサは社会主義体制下で途絶えたらしいが、また復活しています。
地下に運ばれ、そこに集まった人々が祈りを捧げる訳ですね。
死後1000年。
まだまだ彼を慕う人は絶える事はありませんな。


ある詩人はこう言ったようです。
「神秘を説明する他の言葉を探すとしたら、それはプラハという言葉しか思いつかない」と。

ある建物に…標語かなんかかな?
「聖ヴァーツラフよ
ワレワレをも未来の子孫をも滅びさせることなかれ」
と書かれています。


女性の…何だろ?
紋様の一種?
マリオネットで王の物語やってるっぽいなぁ。


さて、来週はノルウェーです。
西ノルウェーのフィヨルド群!!

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