メテオス擬人化小説「Lita」番外編SS Gechenk
地平線の向こうに沈みかけている恒星からの光が、砂塵舞う橙色の大空を鮮やかな青空へと変えている。
いつもは鈍い群青色に輝くのだが、こんな綺麗な発色の夕焼けは半年に1度、あるかないかと言った所だ。
眼下の通りには、先刻まで無邪気に笑い声を上げてガンマンごっこをする子供達や楽しげに談笑をする賞金稼ぎのグループ等がいたが、今は人影もまばらになって来ている。
そんなアナサジ星の風景を、横の枠に背中を預け、窓枠に座って寂しげに眺めている少女が一人。
彼女の長い髪を、ハットの下から垂れているポニーテールを、一陣の砂っぽい微風が弄んでいく。
「綺麗………。」
彼女の煉瓦色の眼には、鮮やかな青空が映っていた。
その澄んだ瞳は、憂いを包み隠さずにたたえているようであった。
「もう、生きてないよね…………?」
何度も何度も繰り返して来た“想い”を口にして、すぐに愚問だと思い直す。
何度も何度も繰り返して来た希望と否定。
徐々に風化しつつある、しかし、未だに鮮明に蘇る、あの時の記憶。
「ふぅ〜……。。」
彼女は、静かに瞳を閉じて、静かに息を吐いた。
ガチャ…
部屋の扉が開く音がして、すぐにジャラジャラと金属の部品が奏でる音がした。
その音を聞いて、彼女はゆっくりとその瞳を開く。
「なぁ、エーデ…。」
「なぁに、セルヴァ?」
部屋に入って来たセルヴァと呼ばれた男の、少し緊張している声に、彼女…エーデは振り向き問いかけた。
「えぇっと……。」
彼は両手を後ろに回し、気恥ずかしそうにしていた。
目も泳いでいて、落ち着きが無い。
「ふふっ!
もうっ、どうしたの?」
そんなセルヴァの様子に、思わず微笑んでしまうエーデ。
逆光でセルヴァからはエーデの表情をしっかりと確認する事は出来ないが、声のトーンを敏感に察知し、更にそわそわした。
暫く、2人共無言でいた。
一陣の風がエーデの髪を靡かせる。
意を決したように、セルヴァがゴクリと生唾を飲み、切り出し始めた。
「えーと…。
ほら、今日って、何の日か知ってるか?」
「…ぇ?
何の日って?
今日は何にも無い筈だけど。」
そう返されて、「そうだった!」という顔をしたセルヴァの頬は若干火照っているようだった。
「ぁー…。
えーと…ほら、アセトに聞いたんだけど…ジオライトだとさ、今日、女性から男にチョコを渡す日なんだってな?」
「ぇ…それって、“バレンタイン”のこと?」
「ぁー、そうそう。それ。」
「それで、どうしたの?」
「あの」セルヴァが急に“バレンタイン”の事を言うなんて。
エーデは訝りながらも、先を促した。
「ぇ…。
ぁ…。
ぁー…。
それでだな……。」
セルヴァは更に目が泳ぎ、話し方もしどろもどろになった。
こちらからでも確認できる程、頬が火照っている。
「…。」
セルヴァは大きく深呼吸して、後ろに回していた両手をゆっくりと正面に突き出した。
プレゼント箱のような小さな包みを持っている。
そして、呟くような小さな声で一言。
「エーデの為に、チョコを作ったんだ。」
「ぇ…?
チョコを……?」
アナサジ星において、チョコレートというものは宇宙港で売っているくらいのもので、珍しい食べ物である。
何故なら、アナサジにはチョコレートの原料であるカカオの類いが育つような環境がないからである。
普通、カカオは規則的な降雨と、水ハケの良い土壌がある湿潤な気候で生育する。
まさか、チョコレートを作るとは…。
彼氏の意外な行動に驚きつつも、エーデはある疑問を口にした。
「…でも、ジオライトでは女性から男性にあげるんでしょ?
反対じゃん。」
「…ぁ、いや。
国によっては、男から女性にあげるところとか同性にあげたり交換したりってところもあるんだってさ。
あげるものも、チョコじゃなくて花とかお菓子とかだったりするらしいよ。」
「へぇ…。
それで、セルヴァがあたしの為にチョコを作ってくれたんだね?」
「あ、あぁ…。
宇宙港で売ってるチョコを溶かして成形し直したくらいだけどさ…。」
セルヴァの顔は両耳から湯気が出そうなくらい真っ赤になっていた。
例えるなら、茹でダコ、だろうか。
「それでも、嬉しいものは嬉しいよ!」
エーデは笑顔でそう言うなり、ヒョイと座っていた窓枠から飛び降りて、セルヴァの元に駆け寄った。
セルヴァから小さなプレゼント箱を受け取り、ニッコリとした。
「セルヴァ、ありがとう!
…大好きだよ。愛してる。」
微笑みながらさらりとそう言ったエーデの頬は、微かに朱色に染まっていた。
「あぁ、俺も大好きだ。
エーデ、愛してる。」
セルヴァも恥ずかしそうに頬をかきながら、しかし、はっきりとした口調でそう言った。
それを見たエーデは、ニヤリとしながら…
「じゃあ、早速今夜…」
「ちょーっと待ったぁー!!」
「ぇー、何でよー。
愛してるんでしょ!?」
あたふたし始めたセルヴァの返答にエーデは両頬をぷぅと膨らませて不満そうな顔をした。
「ぶーぶー」なんてブーイングまでし始める。
「愛してるけどさっ!!まだ…俺、俺、心の準備が…。。」
「今夜までにすれば良いじゃん、ねぇ?」
「ぇ…ちょっ…!!」
「“うん”って言ってくれないんだったら、寝込みを襲っちゃうぞー?
あんたの知らないうちにあんなことやこんなことになってても、知らないよー?」
「って、それはらめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!
絶っっっっ対にそんなことするなよっ!?」
「ぇー、セルヴァのケチー…」
何だかんだで、このカップルはまだまだ前途多難であった。
当然、進展もへったくれもない訳で。
色々と、いつになることやら。
頑張れエーデ。
さっさと腹を括れセルヴァ。
因みに、翌日の朝、エーデがチラリズムしながら「昨日は凄かったね」と言った所、セルヴァはビクッとして色々あたふたしていたそうな。色々と確認もしていた。
それを見て、ケタケタと笑いつつも内心ウズウズしていたエーデなのでした。
エーデが「おかえしに何か作りたいなぁ」とか言ったらしいけど、セルヴァは全力で拒否していました。
糸冬。
…何処かからか届いた、アナサジ原型のデコレーションが施してあるチョコを2人で頬張っていたのは秘密である。
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