メテオス擬人化小説「Lita」 Ouvertuere
背丈の低い草花の野原を神妙な面持ちの青年が1人歩いていた。
気持ちの良い微風が彼の顔を撫でて行く。しかし真剣な顔は崩れない。サラサラの銀髪が風で揺れ、髪に隠された茶色の目を露出させた。
本来、歩かずとも楽に目的地へと行けるのだが、今は歩きたい気分なのである。
普段はそういう気分であれば鼻歌でも高らかに鳴らしつつ軽快に歩くところだが、今はそういう気持ちにはなれない。
ふと見回した空はまるで虚空のように淀んでいる。遠くに見える空の穴から小さな小さなジャンクパーツが姿を現した。
前方へ視線を戻すと、大きな湖畔に佇む館が見えてきて彼は足を止めた。
静かな湖の水面は空の淀みとは関係なくキラキラとしている。
湖と同様に静かに佇む、青や蒼・碧・白をイメージカラーとした何処かメルヘンチックな佇まいの館が彼の目指していた目的地である。
一陣の風が水面を駆け抜けて行く。その風が彼の髪と、マントのような着衣を翻させた。
そして彼は再び歩み始めた。
館の中も青系統や白を基調としており、雰囲気は明るく、ぬいぐるみだの絵画だの壷のような置物だのが綺麗に飾られている。
そんな見慣れた光景を尻目に彼は歩を進める。
埃1つない、綺麗さによくやるな…と思いつつ階段を上り、廊下を進む。
そして、1つのドアの前で歩みを止めた。
無造作にドアノブを掴んで捻り、中へ入る。
中も明るかった。程々の広さの部屋の右隅にベッドが置かれ、その脇に何やら大きいトランク開けっ放しの状態で置いてある。トランク自体、この星には珍しいので興味をそそられるが今はそれどころではない。
部屋の中央に窓があり、窓際の机の上には他の文明でもよく使われているデスクトップパソコン、そしてそれを見ている1人の女性がいる。
女性は黒い長髪を束ねていた。彼女は入り口に背中を向けている為、表情は伺い知れない。
彼は彼女に歩み寄った。彼女が振り返り、立ち上がる。
「行くのか?」
「えぇ。もう行くわ。」
彼女は答えながらパソコンに向き直り、前屈みで操作する。
彼はその様子をじっと見つめる。
パソコンをシャットダウンして束ねていた髪を解きつつ彼女はベッドへ向かう。
「良いか、俺達の仕事は絶対に口外するなよ。」
「言われなくても分かってるわよ。………まさか、遊んでばっかりのアンタに言われるとは思わなかったわ。」
「おいおい、失礼だな。俺だってやることはやってるぜ。」
会話の内容とは裏腹に彼の表情は固い。
「ふふっ、そうかしら?」
微笑しながら言うと、彼女はトランクの中身を整理し始めた。
暫く2人の間を沈黙が流れる。彼女は黙々と作業をしている。途中、彼女は部屋の反対側にあるタンスやらの家具から必要なものを取り出してトランクへと入れていく。
彼はそんなもの、わざわざ自分で取りに行く必要が無いだろう、と思いながら見ていた。
それからまた暫くして、彼女の荷物整理が終わった。トランクを閉じ、立ち上がってこちらに向き直る。
「じゃあ、皆には詳しく説明しておいてね。」
どうせ“感じる”のだからそんな必要ないじゃないか、と思いつつ彼は返事をする。
「私がいないからって、不貞腐れて仕事サボるんじゃないわよ?」
「そんなことする訳ないだろ。あの娘の世話をして良いのは俺だけなんだ。」
「そうね…。うん、じゃあ、宜しくね。しっかりとリーダーとしての役目を果たしてね。」
そう言うと彼女は目を瞑り、集中し始める。その躯から放出される波動で彼女の長髪と着衣が激しく揺れ動く。
次の瞬間、彼女と傍らのトランクは跡形も無く消えた。
彼は今まで彼女のいた場所を見つめ続けている。
「早く帰ってこいよ…。」
そう呟いたその瞬間、彼もまた跡形も無く消えた。
果てしなく広がる、広大な宇宙。その宇宙の果てと呼ばれし場所から運命は変わろうとしている…のかもしれない。
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